◎梨の花
二十世紀などの青ナシと長十郎などの赤ナシがある。
梨属には西洋ナシ・中国ナシなども含まれ、品種が多い。
またの名を(ありの実)《季語 実=秋 花=春》
:なしむくや故郷をあとの舟の中    東洋城
:梨の花吉野は古き良きところ    カンナ
自家用に栽培しても、袋かけのタイミングが遅れると。
梨の実の中に、虫が住み着いてしまうのですね。
?ありの実?、
言葉嫌いから出来た言葉なのですね。
「無し」や、「する」を嫌って、こんな言葉が出来たのですね。また、
「お茶をひく」から、「あがり」が。
その他沢山ありますけど、省略しないとね。ただ、
歯をやんだ時、治してくれる神様?仏様が居て。ありの実を川に流して
お供えするならわしがあったのですね。
たもとに梨を入れてふくらませて、橋の上で、涙ぐんでるので、
自殺すると勘違いされた例もあるのですね。

(ご神体)
八幡=はちまん様のご神体の事です。
山の神様と同居の八幡様だったのですよ。

戦時中は、天皇陛下と皇后陛下の写真を。学校と別棟にした、建物に
保管してたのですね。=保安殿=ほあんでんと呼ばれてました。
学校の行帰りには、最敬礼をして通らなければなりませんでした。

GHQの命令で、保安殿を撤去せよ。で、目名部落では考えたのですね。
[保安殿を、宮まで引きずって来て、八幡様を、それに納めて独立させよう]と、
その工事中は、「ご神体を、稲荷神社にあずけておくべし」とね。
サテ完成したので、ご神体を保安殿の八幡様の社に移す儀式をとり行うベき時に、
丁度部落のなにかの行事と重なったのですね。
でホレ、人出もかなりなものでしたよ。
稲荷神社から、ご神体を運ぶとき。神主さんが三人縦に並んで。
先頭がたいまつを持って、二人目が、棒のようなご神体を白い布で包んだ物を
捧げ持って。三人目が、なにも持たない随行者でした。
何やら唱えながら運んで行ったのを憶えています。

(笹の葉の草笛)
私が、甥っ子をおんぶして学校へ行ってた頃、
甥っ子を預かってくれていたのが「季節保育園」でした。
校長先生の奥さんが園長さんで。
先生が一人しか居ないから、
俄虫(がむし)から、女の人が一人手伝いに来てましたよ。
その人が
笹の葉を1.3センチ位に四角く切って。舌の上に乗せて。
童謡などを草笛として上手に吹き鳴らすのですね。
若くして、美しいままに鬼籍(きせき)に入ったそうですよ。

!天界に幸多かれと祈ります!