果たして日本に外国人労働者は必要なのか? 世間は「労働力」には注目しているが「労働者」という人間に視点が当たっていると思えない。
国家の幸福とは、国民の幸福である。国民の大半は、資産家のような不労所得はなく、汗を流し労働して生活している。その労働者が十分に雇用され人手が足りないというのは、素晴らしいことではないのか。企業の労働コストを押し下げるであろう労働力の輸入増加という今の国策は、国民の幸福に反しているのではないか。
企業経営者としては労働コストは安いほうがよい。しかし国の在り方を論じないまま外国人労働者を増やすことに唐突な印象が否めない。いわゆるマクロとミクロの誤謬である。
女性の労働環境のカイゼン、不必要な規制撤廃、高齢者に偏った社会福祉を労働者の世代に、など先にやるべきことは枚挙にいとまがない。労働者保護も実際は正社員保護だけの保護に偏重し、周りを見ても正社員を増やさないよう努力をする企業の多いこと。恥ずかしながら当社も同様である。一人親方と正社員ではゲームのルールが違いすぎ競争に勝てない。西陣織においては出機がその最たるものである。このままではいずれ産業全体が崩壊するのだが、手を打てない状態がこのまま続くだろう。
ただでさえ厳しい状況に新たなルールが増え、外国人労働者が短期で生産現場に参入すると、高い習熟度を必要とする難易度の高い織物とそうでない単純な織物のコストの開きが大きくなるだろう。難易度の高い素晴らしい織物が政策によって駆逐される日は遠くないかもと思う。
友禅の関係者からこんな話を聞いた。「簡単な作業はインクジェットに取られたので若手を育てる機会がない。若手が突然に難易度の高い友禅を要求されることになるができるわけもなく、このままでは人が育たず崩壊するが手が打てない。」
工芸はどのジャンルでも経営に苦しんでおり、人を育てるコストを吸収できない中でどうしていくか。先の見えない手探りの経営が続く。