ものが語る | 38度線の北側でのできごと

38度線の北側でのできごと

38度線の北側の国でのお話を書きます

 1イニングで10点を取られる実に惨憺たる試合だった。あっという間に塁上をランナーが埋め、ストライクは入らず、ホームランがバックスクリーンに飛び込みオレンジ色のタオルがくるくると目障りに回り続ける10数分をぼくは普通電車しか止まらない小さな駅で、まるで通過電車を何本も見送る乗客の如く過ごすしかなかった。

 

 妻が会社で手に入れたペア・チケット。トークライブに来てくれた女性を誘った。思った以上に楽しい時間だったようで、ビールを数本飲み、放心するぼくの顔を見て笑う楽しい時間を過ごしてくれたらしい。

 

 暗澹たる試合が終わり、水道橋近くの奥まった雑居ビルにあるイタリアンレストランで彼女から誕生日プレゼントをもらった。オメガの時計だ。もうすぐぼくの誕生日。図らずも誕生日プレゼントとなった。

 

 このオメガの時計が実に曰く付きの逸品で、ただのオメガではない。ちょっと値段はつけられない。彼女がこの自動巻きのオメガを貰ったのは既に40年近く前。貰ってすぐにまともに動かなくなり、彼女の考えの変化もあり長く死蔵されていたという。

 

 60歳を前にして、ふらりと立ち寄ったぼくのトークライブを聞いた彼女はぼくと話したくなったという。トークライブの終わりを待ち伏せ名刺を交換した。20代そこそこで大きく彼女の考え方と生き方は変わり、所属した組織を離れて長く生きてきた彼女が、封印していたこと、同じ組織の人間には話せない話を、ぼくにしたくなったというのだ。

 

 その組織にいる間に得たもの。オメガの時計やその他の小物たち。未だ実家にあるものも多いという。子どももいない彼女がそれをひとつひとつ手放しながら、何かの告白のように思い出話を紡いでいく。

 

 ぼくはそれを受け取る。彼女から貰ったものたちは、ぼくの部屋に並んでいく。

 

 ものと物語がしばらくぼくの部屋に溜まっていく。次は10月。