80年代の来生姉妹は | 38度線の北側でのできごと

38度線の北側でのできごと

38度線の北側の国でのお話を書きます

 の前の静けさとはよくいったもので、幸いにして大きな仕事が始まる直前のまま休符が続いている。北朝鮮をめぐる情勢も騒がしくなってきたし、空気も変わってきた。そちらもまだギリギリ休符の状態で、確定申告の処理と昼の職場の研修と慣れるための時間を貰っているような毎日を過ごしている。

 

 確定申告も終わり暇なので、漫画喫茶に行くことにした。

 

 週刊大衆、アサヒ芸能、週刊実話のいつものブルーカラー三誌を読んで、キャッツアイを読んでみた。

 

 最近、80年代の漫画をよく読む。もしかすると懐古主義の隘路にはまっているのかも知れない。ストーリーも、登場人物のスタイルも、背景も今の漫画よりもしっくりと来る。

 

 携帯電話がない。デスクにパソコンがない。みんなたばこを吸っている。風景もまだ、空が低くて毒々しい雰囲気がない。バブルの狂騒の前のそれこそ休符のような風景。指揮者がタクトを降り下ろせば、狂騒曲が始まる。実際は公害全盛期で、智恵子じゃないけれどあの頃の東京には、今と比べ空がなかったのかも知れないが。

 

 喫茶店がある。キャッツアイの来生三姉妹も喫茶店を経営している。デートの待ちぼうけも、すれ違いも、主人公が暇を潰す場所と言ったら喫茶店しかない。

 

 よく見るとコーヒーが1杯400円くらいしている。これを主人公は数杯飲む。たばこも吸う。

 

 今やファミレスに行けばドリンクバーで数時間粘れる。ぼくがいた漫画喫茶も6時間いたのに1700円ちょっとで済んだ。街の喫茶店はその後、様々なものに駆逐される。ドトール、ベローチェ、スタバ。最近ぼくが飲むのも、コンビニの100円のコーヒーばかりだ。

 

 キャッツアイの連載から既に40年近い時間が過ぎた。来生姉妹も50代になっているはずだ。

 

 漫画の連載終了後に始まるバブルの狂騒と、そこから始まるダウンサイジング。さて、あの喫茶店は今もまだあるのだろうか。80年代の怪盗三姉妹はあれからの時間をどう過ごしたのだろう。