「・・・ホントにそう思っていい?」
「当たり前やん。裕美の方が気にしすぎてるんやない?」
「私、鮫君に言ってない嫌な過去がある。・・・知りたい?」
「ええって。俺は今の裕美がいてくれるだけで満足してる。誰だって人に言えない過去持ってるもんやし。俺にしたって、裕美に話せない過去があるかもしれない。もっとも恋愛話は皆無だけどね」
「そう・・・。でもまたあの人が近づいてきたら」
「無視するよ。相手にしない。俺はいつも通り裕美とだけの毎日送るだけ」
「あの人しつこいよ」
「根競べか。いいよ。いくらでも来てもらって構わない。裕美が俺のそばにいてくれるだけで何も怖いものなんてないし」
「・・・私がいなくなったら、ううん、こんなこと考えられないよね。バカなこと言ってゴメンなさい」
「何それ?ちょっと聞き捨てならないこと聞いちゃったな。ひょっとして俺が嫌になったとか?」
「違うの。嫌いだなんてそんなこと、ちっとも思ってない。・・・私が鮫君の思ってるような人じゃなかったら・・・、イヤ、これ以上は言えない」
どんな過去が裕美にあったというのか。ガチガチに凍りついたような裕美の表情見て、これでもうこの話はおしまいにしようと思った。
「過去言えないことは誰でもあること。誰でもいろんな悩みがある。裕美の悩みはこれまで痛いくらい聞かせてもらってる。俺はその話はこれ以上聞きたくもないし、聞けない。裕美が本当に落ち着いて何でも話せるようになったときに言ってくれたらそれでいい。俺はそんなの全然気にしない」
始終俯いていた裕美だったが、顔を上げて、
「出ようか」ポツンと言ったので、
「うん、出よう」と言って店を出た。あいつ俺にコーヒー代支払わせた。何て不謹慎な奴。
辺りはすでに薄暗くなっていた。それでも人通りは多かった。
「家まで送っていくよ。このまま一人にすると不安だし」
「うん、アリガト・・・」そのままトボトボ歩いた。・・・歩きながら裕美を元気付けれるようにするにはどうすればいいのか、そればかり考えていたが、いい案は出てこなかった。
いつもと同じように過ごしていこう。そうしていればいずれ裕美もいつものように笑顔が出てくるかもしれない。楽天家でもない俺だが、そのいつものように過すという、わずかな光明に望みをかけて、
「明日は日曜日だし、気分転換にどっか行こうか?」と言ってみた。裕美は何故かハッとしたような驚いたような顔をして、でもまた沈んでしまって、
「いい。予定入ってるし」そりゃそうだ、休日暇な俺とは違うもんな。でもこんなときは、こんなときだからこそ一緒にいたかった。
(続く)