モーパッサンの 『首飾り』・・・私は一年に数回、定期的にこの物語を思い出すのです。
それは、人にプライドの高さを見たときです。
プライドがあるのは悪いわけではありません。
自信を伴うものであれば、自信がないよりあるほうがいいに決まっています。
しかしプライドとは虚栄心なのです。
「自分を美しくみせたい」
「自分を偉くみせたい」
「自分を素晴らしい人だと思ってもらいたい」
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これらの虚栄心には限度がありません。
限界がありません。
いくらでも大きくなり、いくらでも醜くなるからです。
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老子の言葉に
「足るを知る」 があります。
私たちは、足らない状態であるのではなく
すでに、すべてが整っているのだ
満たされているのだ
「足りない」 という気持ちが不幸にしているのだ
ということです。
どんな状況であっても
「自分は満たされている」
「ありがとうございます」
と神さまに感謝が出来る人
それがほんとうに幸せな人なのです。
今現在のあなたの状況ではないのです。
私はこの物語を読むと自分がいかに恵まれているか
幸せであるかを再確認出来るのです。
みなさんはこの物語を読まれて何を感じるでしょうか?
安月給の家庭などに案外垢ぬけした美しい娘さんがいるものだが、彼女もそんな一人
だった。
持参金もなければ、遺産の目当てもあるわけではない。
いわんや、金持ちの立派な男性に近づき、理解され、愛され、求婚される、そんな手づ
るのある筈もなかった。
結局、文部省の小役人と結婚してしまった。
もとより着飾ることなど出来ようもなく、簡単な服装で間に合わせていたものの、内心で
は、零落(れいらく)でもしたような気がして、自分が可哀想でならなかった。
彼女は自分がどんな贅沢をしても、どんな洗練された生活をしてもいいように生れつい
ているのに、と思うにつけ、いつもいつも寂しくて仕方なかった。
今の自分の住まい、環境、一切が気にいらなかった。
彼女には晴れ着もなければ、装身具もなかった。
実際、何一つ持っていなかったのだ。
そのくせそんなものばかりが好きだった。
自分はそんなものをつけるために生まれついているような気さえしていた。
それ程までに彼女は人に喜ばれたり、羨まれたりしたかったのだ。
人を惹きつけ皆からちやほやされたかったのだ。
ところがある日の夕方、夫は妻を喜ばせるために意気揚々と帰ってきた。
手には大きな角封筒を握っている。
それは大臣官邸で行なわれるパーティの招待状であったのだ。
だが夫の期待に反して、彼女は、喜ぶどころか、さもいまいましいげにその招待状を
放り投げ、不平そうに言った。
「これ、あたしにどうしろとおっしゃるの! 私に何を着て行けとおっしゃるの!あたしに
はよそ行きがないでしょう。だからそんなおよばれには行けないわ」
夫は、途方にくれ、それでもなお妻が喜ぶことを考え、彼の貯めてあった貯金を全部は
たいて新しい洋服を買ってあげたのであった。
ところが、喜んでいた妻が、パーティが近づくにつれて浮かない顔になってきた。
夫は妻にそのわけをきいてみた。
「だって、あたしつらいわ、装身具ひとつないなんて、宝石ひとつないなんて、身につけるも
のが一つもないなんて、あんまりだわ、考えたってみっともないじゃないの。
あたし、いっそそんな宴会なんて行きたくない」
と応えたのであった。
夫はきらびやかな宝石よりも、美しく咲いている本物の花でも差すように言ったが、
彼女は聞かなかった。
そこで思案した揚句、彼女のお金持ちの友達から借りることに気がついた。
早速彼女は友達の家へ行き、事情を話した。
友達は、大きな宝石箱を取り出すとそれを彼女のところへ持ってきて、蓋を開け、
「さあ、好きなものを選んで」
と言った。
彼女は見た、まずいくつかの腕輪を、つぎに真珠の首飾りを。 それについで金と宝石
をちりばめた見事な細工のヴェネチア製の十字架を。
そして彼女はダイヤをちりばめた首飾りを選んだのであった。
宴会の当日になった。 彼女は大成功だった。
彼女は他の誰よりも美しかった。 上品で、優雅で、愛嬌があり、歓喜に上気していた。
男という男が彼女に眼をつけ名前を尋ね、紹介してもらいたがった。
大臣官房のお歴々も彼女と踊りたがった。
彼女は快楽に酔いしれながら、男たちから受けるお世辞、賞讃、彼女の身うちに目ざめて
きた欲情、女心にとってはこの上もなく甘美なこの勝利、こうしたものから生まれた一種の
至福につつまれながら、彼女は夢うつつで踊るのだった。
家に帰って、首飾りが失くなっているのに気づき、二人は驚愕した。
彼女が行ったあらゆる所を二人で探しまわったが、とうとう首飾りは見つからなかった。
二人は女友達から借りた首飾りと同じものを見つけ出すため、あらゆる宝石店を探し廻
った。
ついに、同じ首飾りがみつかった。 値段は三万六千フランだった。
彼女は手紙を書き、ありったけの品物を担保に入れ、高利貸をはじめあらゆる金融業者
と関係を結んだ。
こうしておのれの余生を台なしにし、果ては自分たちの身に襲いかかる暗たんたる生活
を思うにつけ、今更ながら空恐ろしい気分になるのであった。
彼女が首飾りを返しに行くと、金持ちの女友達は、
「困りますわ、もっと早く返していただなくては。だって、あたし入用だったかもしれない
でしょう」
だが、彼女はその首飾りが替え玉であることに気づかなかった。
二人は住まいも屋根裏に間借りをし、貧乏暮らしの辛さを思い知らされるのであった。
美しかった肌も爪も荒れ放題、長屋のおかみさんみたいな格好で、どこへでも出かけ、
そのつど恥ずかしい思いをしても、なるべく値切っては、苦しい財布から一銭でも守ろ
うとした。
かくしてこのような生活が十年間続いた。
十年目に高利の利息から利に利を積んだ借財まで一切合財返済した。
美しかった彼女はまるでおばあさんみたいに変身してしまった。
貧乏所帯が身について、骨節の強い頑固なおかみさんになっていた。
髪もろくろくとかさず、スカートがゆがんでいようが平気であった。
さて、ある日曜日のこと、彼女がシャンゼリゼを散歩していると、相変わらず若くて美し
い子どもづれの金持ちの女友達に出会った。
彼女が声をかけると、昔の美しい面影をまるで失ったその変わりように、友達は初め
は真実、彼女とは気づかなかった。
「貴女ずいぶん変わったわね」
それから彼女は、借金も返し終わったことだし、思いきって今までのいきさつを一切
友達に話した。
すると友達は、
「貴女は新規にダイヤの首飾りを買ってわたしのとかわりにしたとおっしゃるのね。
まあ、どうしましょう、わたしのは模造品(まがいもの)だったのよ、せいぜい五百フラン
くらいのものだったのよ・・・・」
モーパッサン『首飾り』より