何のために働くか
前回、社会経験を経た人こそ自己分析をやってほしいという話で締めくくったわけです。
悶々族(何かしたいんだけど、何をしていいかわからない人たち)にとっての自己分析とは何かといと首題の通り。
何のためにこの仕事してるんだろう・・・なんて感じながら働くのは辛いもの。
特に大企業に入社した人たちは、30代半ばあたりでそう強く感じ始める。
20代なんてのは知らないことばかりだし、熱意もある。だけど、年を追うごとに仕事とは別の次元にある政治を意識するようになる。
出世するには、社内・社外政治が必要不可欠となる―ことを実感していく。
そこまでして出世したくないし・・・
あんな人(上司)みたいな人生はごめんだ・・・
だから、30代は葛藤が多い。
知り合いで、この岐路に直面して新しい道を歩み始めた人は沢山いる。
もちろん、大失敗した人もいるし、自分の新しい道に満足した人もいる。
失敗した人に多いケースが、求められるまま新しい道を歩み始めた人たちだ。
なぜ失敗するのか、私が思うに信念が築けない状態で歩を進めてしまったからだと感じる。
あるIT業界の人は、能力を買われ破格の待遇で別会社に移った。移った当初は、自分の能力を信じ新境地で思う存分力を発揮しようと考えていた。しかし、時がたつにつれ会社の状態が悪くなっていく。
給与は結局転職前の半分になってしまった・・・。
一方でIT業界出身の人が脱サラをして居酒屋を始めた。
仕事柄、エンドユーザーの顔が見えないのが苦痛だった。自分の仕事でありがとう、と言ってもらえる仕事をしたかった。元々趣味だった料理を発展させた結果、居酒屋を始めたとのこと。
3年かかってやっと前の給与くらいには稼げるようになった。
信念があるかどうか。
後者の人は、自己分析の結果、学生時代のアルバイトがヒントになった。
活気のある職場で、お客さんと直に対話が出来ることが何より楽しかったのだ。
転職・独立は経験のある分野で・・・と思ってしまうが
経験がなくても、思いがあれば走りながら修正できる。
思いを持ちながら働いている人はキラキラしている。
なので、悶々族がキラキラ族になれたなら、きっと周りの人(家族や友人)もキラキラしたいと思うに違いない。
そして、悶々族の人だって初めから悶々していたわけではない!という人もいる。
そうした人たちにとって、自己分析は仕事を始めた当初の思いを取り戻すことも出来る。
大企業にいるということは、個人でやるよりはるかに大きな仕事をすることができる。
そうした環境にいる人が、改めて熱意を取り戻すことが出来たなら、仕事を通じて社会に大きな貢献をすることも可能だ。
悶々と毎日を過ごしている人たちへ。
自己を知れば、未来が見える・・・ようになるかもしれない。
いずれにせよ、自分でイメージできる未来像がなければ努力も出来ないわけで。
だからあんな風になりたくないなぁという負のイメージじゃなくて
こんな風になりたいなぁという正のイメージを持つことが悶々族を脱皮する第一歩、です。
