日本海に出る。出雲崎町、石油産業発祥地記念公園。ここ尼瀬は大昔から石油が海面に自然浮遊している地域で、「燃ゆる水」として日本書紀にも記載がある。この場所で、それまでの手掘りから国内初の機械掘りが始まった。

第一號井之遺蹟成功萬天、で合ってる?萬天とは。

開削から4ヶ月で1,746尺掘って噴油、日産43石。単位がややこしい。

アメリカの石油発祥地と姉妹公園とのこと。

国内で2基しか残っていないタイプの、精製蒸留釜。もう一つは、この後弥彦神社で発見する。しかしこんなリベット打ちだらけの原始的な釜で、きちんと精製出来たのかな。

油とガスをそれぞれ地表まで運ぶ装置。これは明治期ではないな。

記念館の説明では、かなり古くて貴重な掘削装置らしい。

へー。まだ多少出るんだ。

これは何でしょうなあ

国道を渡って道の駅天領の里に戻る。

左の江戸幕府直轄佐渡金山金銀陸揚之地、は分かるが、右の順徳天皇御神霊御上陸地ってナニ。佐渡に流されてそのまま崩御し、その御神霊が再び本土に戻って来たってことか。

佐渡は靄って薄らとしか見れない。

かつての陸揚地。相当栄えたらしい。人口密度が日本一?いや越後一か。

時代館。金銀を運んだ御用船。万が一のために、水深の一番深い場所まで届く紐を箱に括り付けたそうだ。出雲崎で陸揚げされ、北国街道を経て江戸へ。

北前船の寄港地としても栄えた。その帳簿。

出雲崎名産の紙風船。シェア90%?漁に出られない時期の産業だった。

2007年の中越沖地震後に海底から引き上げられた北前船の錨。江戸から大正期のもので鉄製らしい。

これは中々貴重なんじゃないか。

中越沖地震では、海底に埋まっていた縄文期の多量の古木も海底に出て来てしまい、除去作業が大変だったらしい。

お隣の石油記念館。手掘りの道具一式。

石油桶

県内各地で採れた原油。地域によって微妙に色が違うんだ。

精製後。

圧巻はこの地質図。日本の地質学・鉱物学の祖?ライマンが作成した。細かい等高線が沢山書き込まれていた。地質学の祖はフォッサマグナのナウマンか。

出雲崎。大国主が名付けたとか言うが、実際には出雲族が移住して来た土地なんだろう。そしてこの辺りが諏訪本町と言う地名。何か言いたげだ。

近くの住吉社脇の階段を登ると石井神社がある。

大国主が佐渡に渡る船を造るため水を撒くと、一晩で12本の大樹が成ったと。


その石井神社。遷座してこの場所にあるらしいから、ここで大樹が成った訳ではないだろう。

お尻を上げている狛犬がある神社は、出雲系だと聞いた事がある。

社殿の脇奥にあった謎穴。瓦が捨てられていた。そう言えばこの辺り、立派な瓦屋根の家が多く、この石井神社も瓦葺きだ。

おぉ〜。映える。

この辺りから信濃川沿いに内陸部に進出し、関東まで出雲族は広がっていったのか。ずっと来たかった場所に来られた。