5月31日に大阪府第三教会連合会信徒部結成70周年記念集会に

参加させていただきました。

そちらでは、教話として金光教加法教会佐藤道文師をお招きして

講題:『お道の信心で おかげを受ける』というテーマでお話されました。

佐藤道文師の父と言えば、金光教本部にて教務総長として御用されておられた方で

そのご子息として育つ中でのご苦労などをやさしくお話して頂きましたので

当日配布されましたレジメに、私なりに加筆した形で

当ブログにて報告したいと思います。

少々長くなりますので、何回かに分けて報告したいと思います。

我が家では、妻も読んでもらいました。

 

1.はじめに

★信心せよ。信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃ。神徳の中におっても、氏子に信なければおかげ

 はなし。 「金光教教典」理解Ⅲ類 金光教祖御理解21-1

・「わが心が神に向かう」というだけではお道の信心にならないが、「わが心が神に向かう」事なくしては、そもそも信心にさえならない。

★平成18年に、前教主金光様にお届けをさせて頂いた時に、ひと言「御祈念申し上げておりますから」と仰せられ

 た時の事を、毎日私は忘れてはならないと自らに言い聞かせている。

・金光様が御祈念くださっているという事を自分たちはどのように受け止めてきただろうか?

・自分たちがどのような状態であろうとも金光様はいつも御祈念くださっている。

 

2.お話の前提

・私の人生において、信心の大切さや必要性を感じられなかった時期も振り返る。

・父の御用の関係で、高校卒業まで金光町で育った。境内でラジオ体操をして四代金光様に

 挨拶するのが日課だった。いつでも教主金光様がいる生活で育った。大学卒業後、東京で

 2年間就職した。

・お道の教師を志す事ができたのは、教会の子弟として生まれた事実と、両親に育てて貰え 

 たからという理由で十分だと思える。

・本日のお話では父の帰幽という出来事や経験に直接言及しませんが、私にとっては信心に

 導かれた要因であり、大きな転機。

 

3.「わが心が神に向かう」という教え

・当初は定時の御祈念をして教会のためになる事をしていれば、信心している事になり、

 御用というものの役目は果たしていると思っていた。

・長年お広前で御用に当たってきた祖母は「あなたは神様の方へ向いていれば宜しい。

 きちんとご祈念の出来る人になりなさい」と申して亡くなった。

・生活の中で「わが心が神に向かう(のを信心というのじゃ)」事に取り組まなければ信心の

 手応えや実感は得られない。

 

4.信心をしたら何が得られるのか?

★で、どうするんだ?

 私自身も気付かせて頂いておる所は、お互いの色々な目標を立てて生きるということを

 致しますね。教員をしておりますと、生徒諸君なんか勉強する。しっかり勉強する。何の為に。

それはええ点を取る為に。良い点数を取るということが生きる目標になって、勉強する目的

 になって、ええ点取ってどうするんだと言って。今度は、良い上の学校へ合格する為に。

 そこまで良い学校へ入ってどうするんだと言うたら、またしっかり勉強して良い成績で卒業

 するんやと。何の為に。それは良い会社に就職する為だと。こういう風になる。良い会社に

 就職してからどうするんだと、また一生懸命働いて気張るんやと。そして何万円貰うて家を

 建てるんじゃ。あるいは嫁さん貰うんじゃ。そしてまた子供を立派に教育するんじゃ。そして

 自分は隠居して楽に暮らして、そしてどうするんじゃと言うたら、そしたら死ぬんじゃと、

 こう言う。

 最後は死ぬ為に生きるんですが、目の前へエサをぶら下げては、それを目標と称して、

 それに生き甲斐を感じながら頑張る訳です。それでですね、死ぬまで自分の事だけしか

 考えておらん。どうせ最後は死ぬ為に生きとるんなら、ご飯を食べるのでも、あるいは勉強

 するのでも、少しでも、世のお役に立ちますようにと思うて頑張っても税金は掛からんじゃろ

 うと。そして良い点も取り、また合格もしていっても同じですね。

 そしていよいよの所に来た時に、してきたことは同じでありますけれども、自分の事ばっかり

 考えて生きて来た人と、少しでも世のお役に立ちますようにと、空念仏みたいであっても、

 そのことを思い、思いして生きて来た者と、どういうことになるじゃろうかと私はよく生徒諸君

 にも言うておったことがあるんです。

 ※金光教本部教団独立記念式、昭和45年6月、講師棚橋信文師(京都・京極教会)

  「信心のめざめ」より抜粋

・生活の中で信心の稽古(教えを守らせて貰おうと努める)をしていけば、命の終わりを迎え

 ざるを得なくなった時に人生の質や意味には大きな違いが生じている。

                                 (来週につづく)