お義母さんは認知症があり、グループホームに入所しています。

その義母がだんだんと衰えてきました。

これまでは認知症はあるもののお元気で

入所当時には、他の入所者の洗濯物をたたむなど

職員さんのお手伝いもされていましたし

施設からのバス旅行にもいつも参加されていました。

お義母さんの元気な姿は、スナップ写真では確認できますが

お義母さんに「○○○に行ってきたんやね」と声を掛けても

「そんなとこ行けへん」と記憶には残っていなかった。

 

そんなお義母さんは、小さなあんぱんが4~5個入ったパンを持っていくと

「このパンもらってもいい?」と聞かれ

「どうぞ」と言ってひとつ手渡すとペロリと食べてしまい

食べ終わるとすぐに、「このパンもらってもいい?」と聞かれ

再び「どうぞ」と言ってひとつ手渡すとペロリと食べてしまう。

そんなことの繰り返しで、結局全部のパンを食べてしまうが

毎回、パンを食べたことを忘れている。

 

ブドウを持っていった時には、

「美味しそうなブドウやね。1粒食べてもいい?」と聞かれて食べると

すぐに食べたことを忘れ、初めて見た時のように

再び「美味しそうなブドウやね。1粒食べてもいい?」と聞かれて食べる。

そういうことが延々と続きながらブドウを食べ続ける。

 

認知症というのは不思議なもので

初めて食べる喜びを何度も経験出来て幸せなことだが

よくは分からないが嫌な出来事の思い出も

何度も思い出すようになり

そのたびに自分を叩くような場面もみられた。

 

そんな義母は最近ではだんだんと衰えてきて

食べ始めても喉を通らず、かたまりにして口から出してきたり

薬も口には入れても飲み込まず、口から出して吐き出す

ということが増えてきた。

次第に食べてくれなくなってきて水分補給のみになってきた。

 

あんなに元気だったお義母さんがだんだんと衰えてきて

顔つきも元気だった頃とは変わってきて

いよいよ覚悟をしなければならない時が近づいてきているように感じる。

 

妻は2日に1日の割で私が人工透析に行く時間帯に合わせて

面会に行っているが、帰ってきた時の妻の態度からも

お義母さんの状態が悪いのが分かる。

妻は子どもの頃に父親を亡くし

私とのお付き合いが始まる前年には、兄も亡くしている。

それだけに唯一の身内である義母への思いも理解が出来る。

 

お義母さんがどのようになって頂くことがいいのであろうか?

もちろん元気で長生きしてもらいたいのはやまやまだが

おそらくは、特段の痛みを感じることがないままに

旅立ってもらうことなのだろう。

しかしこればかりは、生きている自分たち夫婦が決めるものでもなく

夫婦互いの信心をさせて頂きながら

金光様、日蓮大聖人にお任せするしかない。

今こそ日頃から続けてきた信心の稽古の集大成として

お義母さんのことを願い、見守っている。