義母の葬儀を終えた。

年末に亡くなられたこともあって葬儀は年明けになり、

最短で1月2日通夜式、3日告別式になると

葬儀会社から提案があったが

参列して下さる方々のご予定も考えて正月明けにさせて頂いた。

長年施設に入所していたことや90歳という年齢を考えると

近年親しくされていた人たちは近所にはおられないため

親族だけの家族葬として創価学会の友人葬として

妻が世話になっている創価学会の方にお越しいただいた。

 

義母は亡くなられた後すぐに葬儀会社が管理されている

安置所に移されたため、通夜式の日まで会うことが出来なかったが

湯灌(ゆかん)という故人を棺に納める前に

お湯で体や髪を洗い清める葬儀の儀式を丁寧にしていただいて

義母が大切にしてこられた大島紬の着物を着せてもらって

お棺に納めて頂いた。

義母の顔は穏やかで、亡くなられた頃の顔よりは

若く見え、ただ寝ているだけのようにも思える。

 

参列して頂いた方々の人数は少なかったものの

義理で来られた方はなく親族ばかリで

お香典を受け取らない形式にしたこともあって

いくつもの親戚の方々から御花のお供えを頂き

お棺に入りきれないほどの供花で埋め尽くされた。

 

喪主を務めた妻は、泣いてばかりだったが

通夜式でも告別式でもきちんと喪主としての挨拶もして

素晴らしい葬儀であった。

私は、信心していることもあり

葬儀に参列する回数は一般の方よりは多い方だが

これまでのどの葬儀よりも温かみのある

手作りの葬儀だったと手前味噌ながら思う。

 

出棺のあと、創価学会の方々は帰られたが

火葬場でいよいよ焼かれようとする時に

ふつうならお坊さんが最後の枕経をあげられるところだが

喪主がする訳にもいかないので

私が参列者に声をかけさせていただいて

せめてもの思いで南無妙法蓮華経を三唱させて頂いた。

 

骨上げの際にはずっと泣いてばかりの妻もどことなく

ふっきれたような感じで

「お母さんはもう行った(成仏した)なあ」という言葉を聞いて

私の方がホッとしたのが本音である。

もちろん義母が亡くなられて寂しくなったのは事実だけど

ここから新しい私たち夫婦の生活が始まるような気がしている。

 

それにも増して私たち夫婦がいつまでも仲良くしていることが

なによりも義母に対する供養になることと思っている。