小学校1年の時に「おとうさん」というテーマで作文を書いてきなさいという宿題が出た。
私は「よしよし」と思っていることをすらすら書いた。
それは食事の時の父のタバコと説教に対する不満であった。
6人家族の夕食は長男の私にとって小学校1年の時からすでに苦痛であった。
かけ算の九九ができないとベルトで私の尻を馬のように叩く人なのだ。
作文ではタバコでご飯がまずくなることを延々書いた。それで、こんなことばかりだと申し訳ないので前半に「良く遊んでくれる」と書いておいた。実際、野球など沢山遊んでくれた。ただし、金田のように右耳を腕が擦るように(注)速球を投げるよう指導されたが。((注)この指導方法は誤りで、耳から寧ろ離していくくらいのほうが良いのである)
自分では大満足で作文を先生に提出した。
後日、父兄参観日があり、教室の後ろに貼られた作文に父も目を通したと思う。どういうコメントをもらったかは記憶していない。ただし明確に覚えていることがある。担任のH先生から「中山君、あまりいい作文ではないですね」と。このH先生、猛烈に怖い女先生である。朗読や清書がもの凄く上手。生粋の横須賀育ちで「じゃん」を連発していた。ともかくおしっこをちびりそうになるくらい怖かった。
そんな素晴らしいH先生にいろんなことを学んだが、この作文の件は納得できなかった。僕の気持ちをダイレクトに出した作文が何故いけないのか、と。概ね皆は「父は素敵だ」と書く。そして父兄参観で父がニコニコする。先生は私の父を敬う心のなさに落胆し「いい作文ではないね」といったのだろうか。
今は父も74歳。
私は遠く離れており、1年に1度会うか会わないか。たまに会うが、相変わらずであり、それはとても喜ばしい。
今の私の別煙は私の父が禁煙したことの影響が大きい。「確か父は55歳くらいで禁煙したはずだから、私にも可能であり、私は父よりは早く禁煙してみせるのだ」と。