ここ丸2日はニコレットもネオシーダーも全くない。
飴の量も減った。
脳がニコチンなしに慣れてきた。
まだまだ安心したわけではない。
が、しかし、こんな自分もいることを実感するのである。
もともと回転は速いほうではないが。

今まで思考回路+ニコチン
だったのが
そこにニコチンがなくなった。

これにより思考回路の動きが鈍くなったような気がする。
例えばテニスの試合中のポイントを「今、なんだったっけ」
と周囲に問う。今までこんなことはほとんどなかった。
1ケ月で2.5K太った。
まずい。腰にくるからだ。

吸う->間食の移行が原因だと思う。
食欲が特別あがったわけではない。

毎日ジョギングしようかな。
実は思ったより思い浮かばない。

緊張から解かれた後の一服は確かに美味しい。この一服のために仕事をしているようなもんだといったらあきれかえるだろうか。

まあ、しかし、今までのどのシーンが美味しかったか具体的に出てこない。
出てこないことは別れるにはいいことかもしれないが。

2005年6月6日が最後に一服した日である。
だからもうすぐ1ケ月。
このブログを書いているということは、まだまだ先は長いということかもしれない。まだ急な眠気がでたり、突然「吸いたーい!」と思うからね。
28年のつきあいだったのだから。そんなに簡単に忘れたら煙草にすまない。苦しい別れだがそれを”ぐっ”と楽しもう。
依然、往生際の悪い自分である。

暇があると禁煙グッズを求める。今日は禁煙パイポ(正確には龍角散のパフィットというやつ)
を買った。
かえって口に何かをくわえる癖を助長するようでならない。
まあ、飴よりはいいかもしれない。

恋しい気持ちは相変わらずあるが、吸っていない自分を「えらい」「健康的」と思う自分も今、しっかりいる。まさにジキルとハイドなのだ。
吸えなくなったことの寂しさでなく、こういうことを考える年齢になったことを寂しく思う。
ある青春の終わりである。「ある」と言ったのは私にとって別のある青春に終わりはないからだ。

別れの第1の動機は「健康」。
第2は自己変革(おおげさだが)。

30代では恐らく踏み切っていなかったと思う。

もしかすると、もう本当の最後という時に、好奇心で一服吸うかもしれない。いや、最後にそんなエネルギーはないか?いやあるか?
吸いたいと全く思わない時も発生するようになった。
そんな時「私は何故にして煙草を吸っていたのだろう」
と振り返り思うのである。

どうやら。
彼女との別れには時間がかかるが、煙草との
別れにはそれほどはかからないようだ。
まる3週間になろうとしている最中、時折睡魔が襲ってくる。

禁断症状かと思ってインターネット検索したが、どうやら間違いないようだ。
かなりの人が同様の経験をしている模様。

この睡魔はかなりのもの。急に意識が遠くなるような感じ。
許す限り寝る。会社でも無理しないでソファで寝る。
ため息ってどう感じるでしょうか。

映画やTVや実際の中で聞くため息。
安堵、落胆、言葉でにできない気持ち。


煙草を吐く音。フアー。
立ち上がる煙り。
時にメッセージを含んでいるのです。
煙草を吐くときに。