NHKのEテレで、「高校が変わる!~なぜいま入試・大学との一体改革なのか~」
というシンポジウムをやっていました。

「国が進める高校教育、大学入試、大学教育の一体改革。
それぞれの現場でどのような改革が行われようとしているのか、
現状と課題を話し合う。」といもので、



非常に硬いテーマですが、


率直な感想を言いますと、時代が変わる波が本当に起きているなと感じました。



僕の表現の方がより硬くなってますが・・・


この際もっと硬いことを言いますと

人を育てる教育という土台の上にこそ、社会は成り立つのであり、
変化しなければならない社会は、その土台の教育にこそ
「いよいよ着手しなければならない」時代がきてるんだ~と思いました。


ここで語られていることが、日本の将来を決するような、重要なことに思えました!


裏返していうと、これまで、私達が当たり前と思ってきた「既存のもの」は



いよいよ転換点に来ているということです。



シンポジウムの冒頭に 

アナウンサーが

「これからを生きる若者にどういった力をつけてほしいか一言お願いします」
と言うと、パネラーの一人である「開成高校の校長先生」が一言言われたことが
私は衝撃でした。



なんといったかというと、



「これからは、どうやって自分で稼いで生きていくかといことを身に着けてほしい」


えつ、すごいなこの先生!


そして、このシンポジウムの内容の濃さを予感させるプロローグでした


この番組すごい、たまたま見たこのタイミングもすごいなと
一人興奮して、見ました。



詳細については、近々発行するメルマガでお話しようと思います。



しかし、ひつこい様ですが、
そう、いよいよです



今までは、時代は変わるとか、転換点に来ている来ていると言うものの、
実情はそうはなっていませんでした。


何故か、


そういっている当事者が、自ら変わらなければならないことを、
誰よりも解っていた、


あるいは、遅れてしまう不安感をひた隠しにしたいから、
周りをあおることに終始した


僕は、かなり責任のある確信犯だと思ってます


自分で言っていることを、自ら進める人は、「腹をくくる」必要があるってことです



じやぁ、誰?
その確信犯は?



政治家でしょうか?
マスコミでしょうか?
企業でしょうか?
不勉強なコメンテーターや評論家でしょうか?



そうだ!


と言いたいところですが、
何故か釈然としません



多分、責任の一旦はあるのだと思います


でも、志しのない人々を責めたところで、僕たちに、何の得もないし、
時間の無駄だと思います。


だから、


志し


を抱いたあなたと、僕なら
自分が変わればいいんですね


よーし!

と言って、頑張るしかないと思うんですが
いかがでしょうか。




僕らが、変わることを
この時代は求めてる気がします


いろんな変化がありますが、
いろんなことを省いていくと



開成高校の先生の言われた「自分で稼いでいくことを学ぶ」
ということにつながります。


このきわめて、学術的でない、「稼ぐ」という言葉から
あなたは、どんなイメージを膨らませますか?



では、また次回。
「介護」「面倒を見た」「同居の苦労」
「あいつは面倒を見ていない」「苦労を知らない」
「何もしてない奴が」「それほど要求するなんて非常識だ」
「資産がなくなる」「取られる」「終わりだ」



こんな物騒な単語から、あのご夫妻がどんな状況であるか想像がつきましたか?


恐らく、
ご夫妻はご両親のいづれかと同居されていた
そして、ここ何年か介護が必要な状況になっていて、
献身的な介護をされていた
ご夫妻には、遺産を分ける対象者として、ある人物がいる
その人物は、独立していて、それほど親の介護には関わったことはなかった


遺産と言えば、金銭はそれほど残されてはおらず
唯一、不動産が遺産の対象となった。


ご夫妻は、少ない現金はその人物にあげていいから、
土地と建物は自分たちに相続をさせてくれるだろう
金銭で要求されても、払う基がないのだから、
それほど、ばかげた要求は人道的にしてこないだろう


何せ、これまで、親の面倒を見てきたご夫妻の苦労は、筆舌に尽くしがたい
とはいえないまでも、それなりの大変さがあったのだから・・・


ところが、そんな希望的観測は
もろくも崩された


土地を売らなければ支払できないほどの、金額を要求され
まさかの状態となった


あれだけ、尽くした果てが、この仕打ちか!



最初、相手に向けていた怒りと嫌悪感は、少し冷静になると
相手の弁護士と、裁判所の調停員に向けられた



相手の要求は完全に合法的に認められた 当然の権利であるという事実認定


何が法律だといいたくなる心を抑えてはみたものの
なんでこんなことになったのか


ご夫妻の口から「もう終わりだ」という言葉が飛び出してきた


こんな顛末であったと僕は思います。

そばで聴いていた臨場感はハンパなく、その映像が浮かんでくるようでした。



さてさて、今、何の問題もない、親子関係、兄妹関係であってもいざ
その時がきたら、全てが変わってしますことなんて、いくらでもある

言い方を変えると、そうしないためにも、今から、手を打っておくってことですね


物事の根っこを見つめると


「当たり前」の考え方こそが原因だともいえるかも知れないです。
当たり前なんて誰が保証してくれるのかってことです

あなたを守ってくれると信じていた、法律だって、あなたの味方かどうかは
合法的か否かの問題とは別次元なんだということを、あなたが痛感するんです


もう時代は変わります。
変わる変わると言って、まだまだみたいな雰囲気でしたが、変化は
もう始まっています

ある日、突然、介護する立場になり、
突然、遺産相続の当事者になる



変化は突然ですが、準備はできます


収入のあり方も変える それが準備です。




そんな時代の変化について、次回はお話したいと思います。





ちょっと暗い話ですが、若い人も読んだ方がいいですよ。



批判めいた話は、ネガティブサウンドを醸し出すので、あまり言いたくないのですが、

実体験から得た感情をどうやって伝えるかに、使命感を感じてしまったので、
ここで、書くしかないと思い、パソコンに入力



ある意味、念を込めて・・・  (゚_゚i)




本当の目的は最後に




裁判所の控室は、何回かのエレベータを降りると案内版があります

右⇒ 申し立て人控室(調停を申し出た側)
左⇒ 相手方控室(調停の相手)


これで控室が分かれる訳です


僕は、相手方の控室へ


行くと、そんなに広くない、長細い20人くらいが入れる部屋で、周りに長椅子が
おいてあります


時間帯のせいか、僕の他には2人しかいないで
あれ、意外に空いてるんだ と思いましたが、
それも、30分したら、覆され  満員状態。



みんな抱えているものは似たり寄ったりで、ナーバスな内容だから
控室も静か 


かと思いきや


あちこちで、打ち合わせが始まって、段々と声も大きくなって、
なんだか、内容も全部つつぬけ状態になってくる


それこそ、似たり寄ったりの問題を抱える者同士で、
「お互いに大変ですね」と誰からいったら、
急に、親近感が湧いて、団結でもしそうなくらい
なんだか、変な気分になってきた


「ここは、○○の貯金通帳からの出し入れが証拠として・・・」
「向こうは、全部よこせって言ってる訳だら、こちらも、ここは主張しないと!」


だいたい聞こえてくるのは、代理人つまり弁護士の声が殆ど、


いいけど、一応他の人もいるんだから、もう少し小さい声でやれよ


と思った。


話し合いの時間がくると呼び出されて、終了すると、一端また、控室に帰ってくる


昨日話した、品のいいご夫妻、行く前の打ち合わせでは、結構確信をもって
自分の財産は守られて当然だ、そうでないと常識的におかしいということを
結構、力強く言っていた


が、帰ってくると


打ちのめされた 姿で



こんなことをされたら、もう家を売って移り住むしかない、
考えられない、なんで、我々がしてきたことが認められないんだ・・・


とその声のトーンと聞き取れる単語はどんな話し合いの内容だったかを想像するに
余りあるものだった



聞こえてきた単語

「介護」「面倒を見た」「同居の苦労」
「あいつは面倒を見ていない」「苦労を知らない」
「何もしてない奴が」「それほど要求するなんて非常識だ」
「資産がなくなる」「取られる」「終わりだ」


あなたはお判りでしょうか?



この単語を聞いて、どんなことがこのご夫妻にあったのか





一度創造力をふくらまして考えてみて下さい。





もし、若い人がこれを読んでくれていたら、財産とか裁判とか自分には関係ないなと
思わないで下さい


あなたの親御さんがこれに巻き込まれたら、あなたも無傷ではいられないってことです


いいでしょうか?


あなたが、当たり前と思っている
その家が、資産が、急になくなるかも知れないという、サスペンスなんですから


ここは、本当に真剣に、人生設計を考え直さないといけない状況になる場面です。



continue コンティニュー