えええ、アメーバブログって自動保存機能ないんだあ・・・・さっきまで、あと一歩で完了のところだったのに、ENTERボタンが少しずれた押しかげんになって、潔く一発で消えてしまった。どこさがしても出てこない、いや参った。みんなこんな経験してんのかなあ。せっかくこの間の続き書いてたのになあ。
日本人の大要をなしたと思われる縄文人の祖先は、まだうるさい漢民族に支配されていなかったころの
今の中国華北地方から陸続きに北海道から渡ってきたようだ。そして、その一派は沖縄、南西諸島まで達した。その血筋は中央アジアのチベット民族や中央アジアトルコ系民族に近縁であり、祖先の地は地中海沿岸までさかのぼる可能性があるという。そういえば、昔日本人ユダヤ起源説なんていうこと書いた本があったような気もする。どうも南方から渡ってきたという南方起源説というのはちがうらしい。ということで、なんとアイヌ民族、沖縄人、本土やまと日本人すべて同根という結果になる。うーん沖縄やアイヌの人たちには多分びっくりの話である。
もっとも渡来系の人たちもわずかに交じったようだから大陸の人たちとの混血とも言えなくもないが、
なんせ春秋戦国時代の人たちの骨を調べると、アーリア系、中央アジアトルコ系だったりすることもあるし
かの始皇帝は背が高く青い目をしていたという言い伝えもあるくらいだから、渡来系と言っても漢民族や
その周辺族である朝鮮族がそのまま単独で入ってきたとは必ずしも言えないだろう。
要するに大陸から後石器時代後半に陸続きだった大陸から渡ってきた古モンゴロイドの一派であった縄文人が主流となってその後、大陸から来た新モンゴロイド系部族、さらには台湾経由で来たインドバングラデシュ方面からの部族、さらには古代から現代まで続いている半島や中国からの移民流入で混血が進んだ民族が日本人ということになるのかもしれない。
初代征夷大将軍にして蝦夷を討った坂上田村麻呂も渡来人だったと記録されている。古代に活躍した歴史上の人物を調べていると渡来人というのが結構目につく。もしかしたら、古代には半島や大陸との明確な区分け感覚はなかったのかもしれない。大陸も半島も列島も、みなそれぞれの一地域だったのかもしれない。地図の中に中国大陸を下にして列島をその上に記載するものがある。それを見ていると、なーんだ同じ地域なんじゃないかって気がしてくるんだが、それにしても中国、南北朝鮮、日本、ずいぶんそれぞれ違った歴史を歩み異なる姿を持つようになったものだという気がする。
日本人の大要をなしたと思われる縄文人の祖先は、まだうるさい漢民族に支配されていなかったころの
今の中国華北地方から陸続きに北海道から渡ってきたようだ。そして、その一派は沖縄、南西諸島まで達した。その血筋は中央アジアのチベット民族や中央アジアトルコ系民族に近縁であり、祖先の地は地中海沿岸までさかのぼる可能性があるという。そういえば、昔日本人ユダヤ起源説なんていうこと書いた本があったような気もする。どうも南方から渡ってきたという南方起源説というのはちがうらしい。ということで、なんとアイヌ民族、沖縄人、本土やまと日本人すべて同根という結果になる。うーん沖縄やアイヌの人たちには多分びっくりの話である。
もっとも渡来系の人たちもわずかに交じったようだから大陸の人たちとの混血とも言えなくもないが、
なんせ春秋戦国時代の人たちの骨を調べると、アーリア系、中央アジアトルコ系だったりすることもあるし
かの始皇帝は背が高く青い目をしていたという言い伝えもあるくらいだから、渡来系と言っても漢民族や
その周辺族である朝鮮族がそのまま単独で入ってきたとは必ずしも言えないだろう。
要するに大陸から後石器時代後半に陸続きだった大陸から渡ってきた古モンゴロイドの一派であった縄文人が主流となってその後、大陸から来た新モンゴロイド系部族、さらには台湾経由で来たインドバングラデシュ方面からの部族、さらには古代から現代まで続いている半島や中国からの移民流入で混血が進んだ民族が日本人ということになるのかもしれない。
初代征夷大将軍にして蝦夷を討った坂上田村麻呂も渡来人だったと記録されている。古代に活躍した歴史上の人物を調べていると渡来人というのが結構目につく。もしかしたら、古代には半島や大陸との明確な区分け感覚はなかったのかもしれない。大陸も半島も列島も、みなそれぞれの一地域だったのかもしれない。地図の中に中国大陸を下にして列島をその上に記載するものがある。それを見ていると、なーんだ同じ地域なんじゃないかって気がしてくるんだが、それにしても中国、南北朝鮮、日本、ずいぶんそれぞれ違った歴史を歩み異なる姿を持つようになったものだという気がする。


