5Sは、目的だろうか?
いや、目的になりうるだろうか?
例えば、5Sを定着化させたい。
目標としては、正しいのかもしれない。
しかし、5Sをなぜ定着化させなければならないのだろうか。定着化させるのは、何のためなのか?

どうも、このように考えれば、何かを達成するために5Sを推進するといったほうが自然ではないだろか。
つまり、5Sは、何かを達成するための手段でしかない。

とりあえず、ぐぅぐぅ
5Sを耳にされたことがあるだろうか?
整理・整頓・清掃・清潔・躾の頭文字を並べて、総称したものである。
5Sは、工場現場や建設現場の話だろうといった思い込みをしている方は、多い。しかし、飲食業、販売業、サービス業や接客仕事、事務仕事を問わず、広く使える共通のものである。
個人的には、工場や建設などのブルーカラーの作業者への偏見からも5Sを別の物であると見ていることもあるのかもしれない。
最近、売れている本である「断捨離」も読んだことはないが、5Sが基本にあるのだと思う。
この5Sは、意外に言葉の定義を理解できていないことが多い。
「整理」不要なものを捨てること。
「整頓」定位置に定量の必要なものを置き場所を明確にして置くこと
「清掃」片付けや掃除をすること
「清潔」先の3つのSを繰り返し行うこと
「躾(しつけ)」先の4つについて、仕組みやルールを作り、守ること。

誰しも、言うは易し、行うは難しと思う。

しかし、必要なものを探す時間はもったいなく、不要なものと混在して間違えるかもしれない。また、新入社員や知っているヒトが不在な時にも判るようになっていなければ、(5Sが出来ていない)=(一挙にロス時間となってしまう。)
日常の仕事を優先するとともに、ついつい作業する自分の手の届くところにあれば、それでイイといった便利さを主張することがあるのかもしれない。しかし、誰しも集団に属しているため、それでは通用しない。
また、探す時間などを加味すれば、整理してスムーズに物事が進む時間のほうがずっとはるかに効率的である。

5Sが出来ないのに品質管理や納期管理を行うなど横柄な話なのだ。

頭では解っていても定着しない、習慣化しないということも、よくある話である。

次回は、5Sの定着化について触れてみたい。
意識を持て!、意識を高く!とは、行動に移せているかどうかという行動の有無で判断すべきであると考える。

ところで、行動レベルで評価するにしても多くのヒトは、これまでのやり方を踏襲することを好み、この方法で進めることに決まっているから、どうしようもないと考えることが多いと思う。

現状のやり方が何の目的や狙いで、そのようなやり方になっているのかを、そもそも考え直すことが大事である。

そして、最初は、あまり大きな事を変えることを狙わず、ちょっとした身の回りの事から考えてみることをオススメしている。

ちょっとしたことから、進めれば、自分ひとりの行動を変えるだけで出来ることが多いからである。

そして、小さな成功事例を積み上げる。そうすれば、変えたことの効果を肌で感じやすく、自信を持つこともできる。

小さな事もできずに大きなことが出来るはずがない。
いつか、大きな改善が出来るようになるはずである。そう考えれば、日常のちょっとした改善が楽しい貴重な経験になることを考えているだけで、ワクワクする。
ヒトは、改善を促すとき、「意識を持て!意識が低いからだ!」っと叱咤激励したり、愚痴ることがあると思う。

それは、よくある話しで、理解できないわけでもない。

しかし、意識が高かったり、意識が変われば、それは効果が現れたことだと言うのかは疑問である。

例えば、経営者だとしたら、意識が変わってくれればOKだとは言えないと思う。あたり前のようなことだと言えば当たり前なのだが、改善意識を高く持っもらい、結果を出して欲しいと言うことである。

逆に従業員の立場だとどうだろうか?

改善や変えないといけないことは、分かっている。承知している。改善意識は持ってるよと主張するに違いない。おそらく、程度の差こそあれ、変革や改善の必要性は理解しているため、意識が持っていると言える。

では、この分かっているけど、出来ていない、行動に移せていないというギャップはどのように解消すべきなのだろうか?

と考えるのがベターである。

次回、このギャップについて、書き込んでみたい。
今日から、新しい企業に訪問することになる。
身が引き締まる思いである。
コンサルタントが、留意しなければならない次の3つを勘違いせず、真摯に向き合いたい。

?思い込み
?思い違い
?思い上がり

※上記のような勘違いをすることは誰にもあることである。