前回の書き込みの続きである。
マーケティングを市場調査だと思い込んでいる大企業に勤めるサラリーマンも多いはずだ。
他方、私の同期の受講生にもいる。「課題」という言葉が意味するものが講師によって異なるのは当然のことだが、「自分は課題とは、そのように習っていません」と反論するものもいる。
呆れた話だ。これまでの演習や実習で、人によって、言葉の意味するものが異なることは散々、思い知ったはずだ。
20代の新入社員が言うような話である。習っていないという抗弁はお粗末である。言葉を使うときは、カッコを付けず、より具体的な表現にすることである。診断士試験で学び、知識を習得していることは知っている。私もその一人である。
それよりも、現場に沿った具体性をもった表現がされているかどうかである。我々は教科書上で仕事をしてるのではない。
泥臭くてもお客さまと仕事をしているのである。
BigWordほど空虚で意味が曖昧なものはない。

私も注意しながらお客さまと向き合いたい。
久しぶりの書き込みとなった。
さて、経営を学ぶ方は、最近増えていると思う。
なんせ、もしドラがアニメ化、映画化されるくらいにドラッガーやマネジメントといった言葉が広まっていることからも窺える。
私も経営を学ぶ端くれだが、ここ2、3ヶ月は、言葉の重みに迷い、踊らされているのである。
例えば、前述のマネジメントという言葉を、みなさんはどのように捉えるだろうか。日常的に「マネジメントが不足している」、「マネジメントが求められる」「全社的マネジメントがない」「しっかり、マネジメントされている」「マネジメントサイクルがない」などなど。
コンサルの現場では、話し手と聞き手がいると思うが、話し手が意味するマネジメントと聞き手が受け取るマネジメントの意味に差異が生じれば、その後、後まで誤解のまま話は展開されることになる。
いよいよ、改善案を提案した時に、そんなマネジメントは出来ないと聞き手が翻す事態も出てくる。言葉は、時として曖昧なものである。
「好き」にもLove、Like、Wantsなどがあり、野心旺盛な人などにおいては、NeedsやMustも「好き」だと解釈するかもしれない。
言葉とは、短い単語ほど、抽象的で様々な解釈が出来るものである。
ましてや、中小企業の経営者も経営を勉強しているのだ当然だと想定することすらナンセンスである。
一般的に手に職がある、独自の専門的な知識を持った職人気質の経営者は、これまでの経験や勘で物事を判断する方が多い。
そこに、マネジメントだの戦略だのマーケティングだのといった言葉は空虚でしかない。
昨日は、朝から夕方まで、渋谷でHTML入門セミナーがあっていたので、参加した。
受講者は、なんと私を含め2名。講師1名であり、講師のフォロー攻勢に昼下がりの睡魔は辛かった。

さて、最近のホームページ作成ソフトは、プログラム言語を気にすることなく、ホームページが作成できるらしい。

私も手っ取り早くホームページを作成するためには、そのようなソフトの操作を習得することが近道であると認識している。しかし、本来的なHTMLから作成する手法を基礎として学ぶことも重要だろうと考え、受講した。SEO対策の実際の検討などもためになった。ぐぅぐぅ
仕事は楽しくなければならない。
しかし、楽しいだけでは仕事ではない。

昨日から、実習のかたわら、ゼミナールが始まった。実習の10数日間に比べ、インターバルを置きながら、約4ヶ月間、一つの企業と向き合うことになり、リレーションのさらなる構築が必要にもなる。

さて、私のゼミナールの対象企業は寿司屋となった。8名のゼミ生で、早速、親方(社長)のヒヤリングを行い、終了後には試食を自腹を払って行うこととなった。

通常、8千円コースと1万円コースがあり、今回は先生の提案もあり、1万円コースを食することとなった。(結構、痛い出費である)

しかし、「百目に一食はしかず」であった。

確かに旨い!
とろける旨さである。

しかし、我々が比較対象とする寿司は、今のところ、回転寿司店や大衆割烹店の寿司のみであり、昨夜食べた1万円が適性なのか、値段の割以上のものなのか、比較のしようがない。

親方いわく、これだけのもは1万円では提供できないらしい。

親方が語る寿司への思いは、誰よりも負けないといった熱意が伝わってくる。

お客さんが食べている姿をイメージしながら、魚や野菜を仕入れたり、下ごしらえをする。想像するだけで、イイ仕事をしようと思う。誰にもある感覚だと思う。誰かのためである。

(ガリ、シャリ、あがり、のり、気配り)の5つの「り」が店舗コンセプトであるが、食べなきゃ、わかりにくいコンセプトである。
しかし、食べたら、納得する。
「食い物屋が、食い物に無精してはダメである」ということなのか、魚以外のものにも手を抜かない仕事をしている。

プロの仕事。お客さまを裏切りたくない仕事。どの仕事にも共通することである。

仕事は楽しくなければならない。
しかし、楽しいだけでは仕事ではない。

実現可能性の高い効果的な改善策を出して、親方の仕事を支援することを通じて、たくさんの人の満足や感動を生むことが我々の使命であるとも思った。
工場や建設現場などでは、5Sを推進するなどの目標が掲げられていることが多い。
しかし、なぜ5Sをしなければならないかまでを伝えてくれる管理者は少ない。5Sが出来ている状態を想像してもらえば分かりやすい。
例えば、必要なものが定位置にいつもあり、探し回ったり、取り間違えたりすることがなくなるという状態である。モノを探し回る時間というものは、無駄で面倒な時間である。
この無駄な時間を無くすことができれば、その分、本当にやらなければならない時間に充てることができる。
つまり、効率的な時間の使い方が出来るということである。
一回の探す時間が、5分だとしても、その回数に応じ、一年間で見ると膨大なムダ時間を費やしていることになる。
さて、冒頭の話に戻るが、5Sは目的にはならないということが言え、5Sは手段でしかないと言うことになる。
しかし、実際の現場では、5Sが目的化されて、なぜ5Sしなければいけないのかが取り残されてしまい、逆に5Sがやらされ感を与え、5Sが定着しないことになる。
例えば、誰しも、自分の親や先生に整理整頓をするように言われても、やらされ感ばかりが増幅してしまい、逆に整理整頓を継続できなかったり、習慣化することはないと思う。
5Sの本来の目的は、(1)生産性を向上させること(2)5Sをしている整然とした工場や事務所を顧客に見せることで、顧客の信頼を獲得し、取引深耕をはかることである。

何度も言うが、5Sは目的にはならず、手段であるということだ。

やや冗長的な書き込みになってしまった。