ごんざの辞書のかきかえ38「すいだす」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

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1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写)「村山七郎訳」『ごんざ訳』

 

「Осысаю」(osysayu)    「吸う」   『す』 

 

 鹿児島県立図書館の原稿コピーをみたら、ごんざははじめに(сыда)(syda)(すぃだ)とかいたのをけして(су)(su)『す』にかきかえていた。

 

 (сыда)(syda)(すぃだ)は、たぶん(сыдасъ)(sydas')(すぃだす)(すいだす)とかこうとして、途中でやめて『す』(すう)にかきかえたのだとおもう。

 

 ごんざはなぜかきかえたのか。

 

 (すう)という動詞は簡単だけど、これが複合動詞になるとむずかしいということにごんざが気がついたのだ。

 

 ごんざはおなじ動詞語幹をもつ別のみだし語に『すぃこむ』と『すぃだす』という訳語をかいている。

 

 「высысаю」(vysysayu) 「吸いこむ」  『すぃこむ』 

「изссысаю」(izssysayu) 「吸い出す」  『すぃだす』 

 

 「вы」(vy)も「из」(iz)も(中から外へ)という意味だから、このふたつの動詞の意味はだいたいおなじはずなのに、ごんざの訳語は『すぃこむ』と『すぃだす』になっている。

 なぜか?

 

 子牛が母牛の乳房をすっている状況は、

(のどに乳をすいこんでいる)ともいえるし、

(乳房から乳をすいだしている)ともいえる。

 

 複合動詞にするとややこしい、ということに気づいてごんざはかきかえたのだとおもう。