この辞書だけでなく、たいていのヨーロッパ語の辞書は、名詞は単数形をみだし語にする、ということになっているけれど、ふつう複数でつかう、というものは例外的に複数形をみだし語にする。
「ロシア語」(ラテン文字転写) 「村山七郎訳」 『ごんざ訳』
「очи」(ochi) 「目(複数形)」 『めなんど』(目など)
「ушы」(ushy) 「耳(複数)」 『みみなんど』(耳など)
「ноздри」(nozdri) 「鼻孔(複数)」 『ふぁなんすなんど』(鼻の穴など)
「прыщи」(pryshchi) 「吹出物(複数)」『あざなんど』(あざなど)
「сопоги」(sopogi) 「長靴、靴」 『くつなんど』(靴など)
「ряды лавки」(ryady lavki) 「店ならび、市場」『みしぇなんど』(店など)
「тесъ」(tes') 「薄板、小割板」 『けづったいたなんど』
(けずった板など)
ロシア語の「ряды」(ryady)は(列)(複数)という意味だけど、ただの(列)ではなくて(店の列)だということをいうために「лавки」(lavki)(店)(複数)とそえがきしてある。
(店の列)というのは、何かというと、
岩波露和辞典 「ряд ⑤ 1)(市場の同種の)店の列、~街、~市(いち) 2)(廃)(同一建物内で一列に並んで同種商品をあきなう)商店(売店)群 3)(廃)アーケード、(同一の屋根の下に並ぶ)商店街」
要するに、店にはちがいないが、一軒の大店ではなく、(露店・売店・屋台)のあつまりなんだろう。それで複数形になっているのだ。
「тесъ」(tes')は、形は単数でも、集合名詞といって、意味は複数らしい。
「ふつう複数でつかう」のだから、訳語で複数であることをしめす必要はない。実際、ごんざの訳語、手袋『ちぇぬき』、イヤリング『みみがね』、靴『くつ』、サンダル『ぼくい』、靴下『めりやす』はそのことを意識していないのに、どういうわけか、上のななつにはごんざはこだわった。
(店々)はいけるかもしれないけど、(目々)(耳々)(靴々)(板々)は無理だから、なんとかして複数をしめす表現をつくらなければならない。
日本国語大辞典 「など ①(イ)体言を受けて、類例を例示または暗示しつつ、代表として指し示す。②体言・形容詞連用形・副詞などを受け、漠然とさすことによって表現をやわらげる。③ある事物を取り立てて例示する。」
日本語の辞書をひいても、おなじものが複数あることをしめす「など」の用法はでていない。(ごんざの辞書とは関係ないけど「など」の語釈の中で「など」ということばをつかってもいいんだろうか)
ごんざは名詞の複数形を『なんど』であらわすことをかんがえついた。
ごんざは、複数形を日本語であらわした最初の人なんじゃないだろうか。