ごんざの「谷」 | ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

ゴンザのことば 江戸時代の少年がつくったロシア語・日本語辞書をよむ

1728年、船が難破して半年後にカムチャツカに漂着した11歳の少年ゴンザは、ペテルブルグで21歳でしぬ前に露日辞書をつくりました。それを20世紀に発見した日本の言語学者が、訳注をつけて日本で出版した不思議な辞書の、ひとつずつの項目をよんだ感想をブログにしました。

「ロシア語」(ラテン文字転写)       「村山七郎訳」 『ごんざ訳』

「удолiе」(udolie)             「谷」    『ふぃろかたに』(ひろい谷)
「юдоль」(yudoli)             「渓谷」   『くんだい』(くだり)
「бездно [бездна] пропасть」(bezdno [bezdna] propasti)「深淵」『たに』
「бояракъ」(boyarak')           「穴、濠、盆地」 『たに』

 「удолiе」(udolie)、現代ロシア語で「долина」(dolina)は、辞書と教科書で勉強すれば「谷」なのだが、ロシア語にかぎらず、日本語の「谷」に対応することばがさす地形は、日本人の想像以上にひろびろとしていることがおおい。「低地」といった方がいい。 
 Wikipediaで「谷」をみて、ウクライナ語にとぶと、ロシア語とおなじ「долина」(dolina)ということばなんだけど、ドニエプル川の河口ちかくの、ものすごくひろびろとした風景の写真がでている。ごんざはロシアでそんなところにいったことがあるのだろう。

ボグ:去年の夏にいっしょにいっただろう。あそこが「удолiе」(udolie)だよ。
ごん:ふ~ん。薩摩にはあんなひろいところはないね。
ボグ:あれは、ひろいところじゃなくて、せまいところだ。
ごん:ふ~ん。

ということで、日本人にとっては「ひろい谷」という訳語になるのだ。一方、「бездно пропасть」(bezdno propasti)は、「深淵」というほど断崖のきりたった谷だそうで、これが日本人のふつうの「谷」のイメージにちかいのだろう。