忙しくて見そびれたこの映画を見に阿佐ヶ谷に出かける。
チケットを買ってボードを見ると、「タクシー運転手」「万引き家族」「1987、もう一つの真実」など
鑑賞して感銘を受けた映画がここで再上映される予定だ。
この映画の封切りは確か武蔵野館だったろうか
佐藤泰志の小説を読むのは、切ない。
どうしてこれが芥川賞を取りそこなったのか、という
誰にも、永久に答えられない問いを
恐らくは泰志もあるいは自問した問いを
差し込まれずには居られないからだ。
映画は原作の舞台、恐らくは国分寺や国立のあたりの、彼が上京していた時に住んでいた場所を泰志の郷里函館に移して、僕、静雄、佐知子の関係性を維持しながら、時を現在に移して撮ったものだ。

バイト先の店長の彼女佐知子とふとしたきっかけでアパートでセックスをする。
二段ベッドでその部屋を共有する静雄はその気配を察知して入室をしないでどこかに行ったようだ。
僕と静雄と佐知子は、僕と佐知子の関係があいまいになりつつも、気ままに遊び続ける。
そして静雄と佐知子は互いに惹かれ合っているようであり、僕は自分の立ち位置を曖昧なまま
二人を見守っている。

そしてある日、二人はキャンプに行くという。
その結末を予感しながら僕は二人に同行をすることを断る。
ある日静雄の母親がアパートに訪ねてきて静雄が電話をしても返事がない、と僕に嘆く。
二人がキャンプから帰った日、母親が入院した、との知らせがあり静雄は見舞に行く。
その夜佐知子は、静雄が帰ってきたら静雄と恋人として付き合う、と僕に宣言する。
僕はそうなると思っていた、それでいいじゃないか、と言うようなことを曖昧に言う。
僕は、
「静雄が帰ってくれば今度はあいつを通してあたらしく佐知子を感じることができるかもしれない、
と思うのだ。
すると、僕は率直な気持ちのいい、空気のような男になれそうな気がした。と続く。
まあここまでは原作と大きく逸脱することは無いのだけれど、ここからは大きく違う。
原作では精神の病で入院した母親を静雄が絞殺してしまい、静雄は僕に電話を掛けて寄こすが
結局あっさり捕まってしまう。
殺人犯の静雄を挟んで、三人は恐らく関係性を、再構築しなければならないのだ。
という状況未然で終わる。
一方映画は
「僕」が「空気のような男になれそうな気がした」
と思った後、佐知子が最初の出会いと同じように、別れ際、僕の肘をつねった。
しばらくして僕は佐知子の後を追いかけ、「さっきは自分の気持ちを偽っていたんだ」
と言う。
それを受けて佐知子はアップで複雑な表情をして、エンデングになる。
佐知子はそれを受け入れるのかどうかわからない。
原作とは違い、静雄は殺人を犯したわけでも警察に追われる身でもないのだ。
静雄が母親の見舞いから帰ってくることが予想される状況にあるから
僕と佐知子がよりを戻してしまえば三人の新しい関係がどうなるかが予想される問題だろう。
佐知子も静雄も「空気のような人間」には程遠いのだ。
映画は、佐知子が静雄に惹かれているプロセスを丹念に追い、その分原作以上に説得力がある。
【一方、「空気のような男」は「僕」の存在の理想とまでは言えないが現状肯定に都合がいい。】
佐知子と付き合って後、店長に「佐知子の事頼む」と言われた時も、特に返事をしていない。
暖簾に腕押しの空気のような男だが、一面ではそれが佐知子の不満にもなっている。
佐知子は店長と別れる時は「僕」と付き合っている旨店長に言い、静雄と付き合う時には「僕」
に宣言する。自分の気持ちに忠実で、相手に対しても誠実なきっぱりした女性だ。
静雄を演じる染谷は必ずしも原作に忠実というわけではないが、感受性の豊かな若者
に佐知子が惹かれていくプロセスを説得力あるものにしている。
【佐知子は「愛」の中に絆、そして時に嫉妬をさせることを望んでいるのだろうか。】
「僕が空気のような男になれそうな気がした」
こう思う主人公のイメージを、演じている柄本も監督もつかみそこなっている気がする。
それが故の「さっきは自分の気持ちを偽っていたんだ」という
原作にはないどんでん返しに表れているのだと思う。
それは「僕」を演じる柄本がのそっとした男で、「空気のような男」イコール「鈍感な男」ではない、
ということを、見るものに納得させていない。
その説得力不足のゆえに、若さと危うさを失った30過ぎの男に見えてしまう。(原作では22歳ころ).
その理由の一端は泰志もまた、「僕」の人間像を説得力ある姿で読むものに提示していない、
というところにもある。
もう一つの分かり辛さは題名にもある。
映画では佐知子と静雄がカラオケに行き、佐知子が歌う場面が出てくる。
しかし題名をラップさせるような場面ではない。
河出書房新社の文庫本の解説者井坂洋子も題名の由来を掴み切っていない。
見終わってこの題名が誰かの歌から引いてきたのでは、と勘が働き
Youtube で検索したらビートルズが1966年にリリースした曲があった。
And your bird can sing
You tell me that you've got everything you want
And your bird can sing
But you don't get me, you don't get me
You say you've seen seven wonders and your bird is green
But you can't see me, you can't see me
When your prized possessions start to weigh you down
Look in my direction, I'll be round, I'll be round
When your bird is broken, will it bring you down?
You may be awoken, I'll be round, I'll be round
You tell me that you've heard every sound there is
And your bird can swing
But you can't hear me, you can't hear me
ソングライター: John Lennon / Paul McCartney
捕まえることも見ることも聞くこともできない存在とは誰だろう。
佐知子でも静雄でもない。
「僕」はそうなりたかったのだけれど、、、、
というところだろうか。あまり確信はないが。
なお泰志の「君の鳥はうたえる」は1982年に出版され、同年の第86回芥川賞候補作になった。
その年の受賞者はなし であった。