今、時を同じくして都内でウイーンの世紀末、クリムトを中心とする分離派の絵画展が
都立美術館と新国立美術館で開催されている。
これによって、国内のみならず近隣諸国の愛好家が「効率よく鑑賞できる」と集まれば良いのだが。
ウイーンへはもう20年近くの古い話になるが、ユーレイルパスの一等で3週間ほど、ミラノで
ブレラ美術館を見た後、テラノ線で氷河を見ながらスイス国内でアルプスの景観と散策を楽しみ、
チューリッヒからザルツブルグ、メルコの僧院からドナウ川下りでウイーンに入り、19世紀末
ハプスブルグ家最後の栄光、皇妃エリザベートを偲びつつ、ベルヴェデーレとその「オーストリア・
ギャラリー」でクリムトやエゴンシェーレを堪能し、美術史美術館で、ハプスブルグ家のコレクション
(それはプラハに居を構えたルドルフ二世の蒐集によるもの多いが)を鑑賞した。
皇妃エリザベートはハンガリーの独立的地位に貢献したこともあり、ハンガリーで「シシー」の
愛称で慕われ、とてもその人気が高かったが、そのブタペストを観光後、ウイーンからヴェネチアまで
特急でイタリアに再度入ってからパドヴァやフィレンツェ、ポンペイなどを巡りローマから帰国した。
都美の展示は先に挙げたベルヴェデーレの「オーストリア・ギャラリー」から貸し出されたクリムトの絵画
が中心であり、一方の新国立のほうは、カールス・プラッツにあるウイーン・ミュージアムが改修中なの
でウイーンとの外交樹立150年を名分に同ミュージアムから広範囲な貸出を受けたものらしい。
先に述べたように鑑賞はずいぶんと前になるので、今回二つの展覧会を見ることにした。
キュレーターの方の展示の力点に添いつつ、都美の方は、クリムトの「ユディト」や「女の3世代」
をめぐるあれこれに話題を絞り、新国立の方は、クリムトとエミール・フレーゲの関係や、シーレの
絵について、また各展覧会の折に触れてファムファタールについても語ってみたい。
都立美術館「クリムト展ーウイーンと日本1900」
クリムト(1862-1918)は独身を通したが、「死後、なんと14件もの養育費請求が出され、
モデルの一人とは彼女とその二人の息子の面倒を見ていた」(スザンナ・パルチェ著17p他)
ということが明らかになった。
「芸術家として私の事が知りたいならば、私の描いた絵画を注意深く鑑賞し、そこから私が何者で、
何をしようとしたのかを学び取ってほしい」(同書10p)と私生活の詮索を避けたかったようだが、
彼の絵の際立つ「官能性」がその絵の評価の高まりとともに、彼の性生活に対する「好奇心」を
呼んだ面は否めない。
それは、彼の弟の妻の妹、エミール・フレーゲとは一緒に休暇を過ごしたり、旅行をし、しかも
互いに独身を通したことが、謎として、一層その「好奇心」を煽った面もあるだろう。

「ユーディットⅠ」(1901)
水攻めにあった都市の美貌の娘ユディトが敵の陣地に忍びこみ、官能と酒で敵将ホロフェルネスの
首を取って都市を救った、という旧約の外典(新共同訳の聖書には載っていない)の物語の絵。
この主題では、クラナハの絵が有名だが、この絵のユーディットはホロフェルネスの首を右手で
愛撫している様でもあり、一方、半裸で顔にほんのり紅がさして恍惚とした表情を浮かべている。
絵のモデルは、映画「黄金のアデーレ」の「アデーレ・ブロッホ・バウアー」説が定着している。
クリムトは彼女に夢中だったが、同時に恐れてもいた。彼女がいつか自分の首を切り落と
し、それを優しく愛撫しようとしているのではないかと考えていた。だからこそユーディットは
手を優しく首の上に置き、愛撫している。つまりクリムトは彼女に対する恐怖と熱狂を
同時に作品の主題としたのである。(ゴットフリート・フリードゥルの引用、岩波同書81P)
アデーレの夫は銀行家で、ヴィトゲンシュタイン等と共に「分離派」を支援した、言わばスポンサー筋
である。そのため生前は事が明るみに出ないようにクリムトは用心していた、と考えていたのだが、
当時のウイーンの芸術仲間には、アデーレとの関係も、彼の性癖も知られていたらしい。(同書81p)
また、彼のクロッキーを見ると、相当にエロチックな姿態のものも多数ある(出展112,113)。
それらや、紅潮した頬などから類推すると、この恍惚は行為の後の表情とも取れるのだ。
一方熱狂と恐怖を表出するものは何だろう。
それは黄金の首輪ではないか。
黄金は富、権力、高貴と自由の象徴。
首輪は被所有物、服従そして囚われ人の象徴。
富や権力は渇望の対象、よって同時に虜になる恐れを生む。
富(所有)と被所有)、権力(支配)と服従、自由と囚われ人のアンビバレンツ。
クリムトは高貴なアデーレの中に欲望と、相手に絡め取られる恐怖を同時に感じていたに違いない。

女の三世代(1905)と題されたこの絵は、彼の有名な作品「接吻(1907-8)と共にある展覧会に
出品された作品である。大きさ(180×180)も同じで、構図の類似性も指摘される。
3人の女性たちは「接吻」の恋人たちと同様光背のような光に覆われ、左右は大きく開いている。
幼子を抱く母親は接吻の女性同様首を横にかしげている。
つまりクリムトはこの二つの絵を一対として見るように促したのではないか。
「接吻」では、女は跪き、男の腕で首が不自然に捻じ曲げられて接吻を待っている。
受動的な性としての女性が、男に愛撫され、子を身ごもり、そして老い乳は垂れ、下腹は膨らみ
弾力性を失ってゆく。
新しい生を生むための受苦と若さの犠牲。
しかし、クリムトのこの絵には、そうした女性の生に対する憐れみは感じられない。冷徹だ。
クリムトは多情多淫で『欲張りな男(クリムト)は、「女」に「美しく、賢明で、機知に富んで」いる事を
期待し、そのうえで自分の意のままにしようとする』と愛人の一人(アルマ・ヴェルフェル)が言う
(同書78p)
男の女性に対する支配欲(ヴェルフェル)と支配欲の裏にある女性に対する恐れ(フリードゥル)。
男性にとって女性は欲望の対象であり、あらゆる女性の性徴、乳房や性器だけでなく、
髪の毛から爪先まで、そのしなやかさ、その曲線もすべて欲望の対象であり、
フェテシズムの対象でもある。
そしてその欲望の対象となりうるのは、柔らかさを失った老婆と性徴未然の子供を除いた性である。
あらゆる男性は母親から生まれる。
うまれてから直ちに、最初に欲望の対象になるのは母乳ー乳房である。
柔らかく弾力性に満ちた乳房から乳を飲み、満腹してゲップを出し そしてまどろむ至福の時。
(女性も勿論母親から生まれるのだが、幼い娘も後に母親と同じ乳房を所有する事に疑問を持たない。
そこに欲望もフェテシズムも生まれる余地はないと想像する。)
主体を惹きつけて止まないものは、惹きつけられて我(主体)を失いかねない恐怖をも内包し、
スリリングでアディクティヴなものでもある。
派遣されたモデルから、アデーレに代表される官能的かつ知的な女性までクリムトの多情は
そうしたところから発する。
つまり官能も支配欲も唯一の対象(女性)に生涯囚われることから最も遠いところにあるのだから。
そして「唯一の対象」に囚われることは、女性への敗北であり欲望の枯渇、生命力の枯渇、
想像力の枯渇に至る、老衰と死への道筋だ。
ファム・ファタールとはそういう女性に対する葛藤に他ならないのだ。
どうもそれが時代のオブセッション(強迫観念)になった時代があるらしい。
先のアバルチェ(岩波刊)に引用されていたゴットフリート・フリードゥルの著(TASCHEN)
19世紀の転換期に好まれたテーマ、ファムファタルすなわち宿命の女は、人を威嚇する
存在とみなされていた。
これは、そのころ女性の社会的立場が大きく変化したことに起因する。
クリムトの作品にも、ファム・ファタルに対する恐れが表出している。政治社会面における、
「自由主義における男としての自我の危機」は多くの論議を呼び、男の役割に疑問を
投げかけることになったが、これを引き起こす原動力になったのは、決して経済的あるいは
政治的変化だけではなかった。時を同じくして始まった、職業および政治面における女性
解放の動きもこれに大きな影響を及ぼしたのである。(中略)彼の描く多くの女性像に
内在する寓意としての復讐の力に(ユーディット)についても、その根源として、
女性の役割の社会的変化とそれによってもたらされる不安を挙げる事が出来る。(同書141P)
唐突だが、国会の女性議員、特に立憲民主党の辻元議員や蓮舫議員に対する誹謗・中傷が
その激しさが、しばしば話題になる。しかも彼女らは首相や大臣を遣り込めるパワーも能力もある。
対して与党側の女性議員は概して迎合的で従順で、男性の存在を脅かす存在とは見えない。
彼女たちに対する激しい誹謗中傷は、男性の現在の生活に対する不安感、将来の終身雇用や
年金がどうなるかわからない不安感が野党第一党の有能な女性議員に対する恐怖を
増幅しているのではないか、という気がする。
よって誹謗中傷する彼らにつける薬はない、というのが私の診断である。
さて、クリムトは同じドイツ語圏のベルリン分離派に籍を置いたムンク(1863-1944)と同時代人である。
二人が直接の出会いを持ったか否かは不明だが、互いの画家としての消息は知っていたに違いない。
絵のモチーフも、「接吻」「生のフリーズ」「三つの女の発展段階」と比較したくなるような共通の主題
の絵がいくつかある。画面も平板な感がある。
一見してムンクの絵は暗く、クリムトは煌びやかなようだが、「叫び」に代表される不安や憂鬱など
19世紀末の新しい時代への暗い予兆を描いたムンクと19世紀の繁栄の爛熟したデカダンス
をーその裏にある死や荒廃への不安は言うまでもないだろうー描いたクリムトは同じように
「時代の申し子」であった。
クリムトもムンクも大きく「象徴主義」の画家と括られるが、その範囲ではクリムトは
ギュスターヴ・モローの後継者と言えるだろう。
今回叙述がややくどくなったきらいがある。
時間を見つけて書き足したせいもある。多重層的なことを言うのに苦労した面もある。
クリムトに関しては、ユーゲント・シュテル(青春様式)やウイーン分離派について、
あるいは「歴史に残る偉大な作品であり、少なくとも世紀末オーストリアの代表作」
(前掲書フリードウル、今回複製が展示1986年))とされる「ベートーベンフリーズ」
また、「ジャポニズ展」に絡む浮世絵ys琳派の影響、あるいはフレーゲ姉妹の世紀末ファッション
などについて話題は尽きないのであるが、時間もエネルギーも尽きたのでこれくらいで終わりとする。
尚冒頭に、「新国立での展示会を含めて近隣諸国の美術愛好家にとっても好個の機会」という
趣旨のことを述べたが、その点中文やハングルでの解説が併記されていなかったのは残念であった。
約一時間半くらいでクリムト展を見た後、同じ都立美術館で開催されていた「新象展」(6月4日まで)
と「第65回全国写真展覧会フォトコンテスト発表展」(6月4日まで)を鑑賞した。
特に写真展では高校生のみずみずしい感性に触れることが出来とても楽しかった。
最も印象に残ったのは「玄孫の手」原田良徳。少し涙腺を刺激された。
最後に、6月9日から30日まで、都美セレクショングループ展2019が開催される。
時間を見つけて見に行くつもりだ。