前に少し触れたこともあるかもしれない私の部活時代のお話を前置きとして。私の世代はなんの成績も残せなかった・・・いや、そもそもサボってばかりでまともに部活すらしなかった空手道部時代。曖昧な記憶によると形の試合に出たのは二回。そもそもなんで形の試合に出ることになったのかもわかっていなかった当時。
一回は団体形でなにかの大会に出場し (それがなんの大会かもわかってない) 一度も練習してないので息が合うはずもなく、三人それぞれが下手くそな形ともいえない形(唯一挙動を最後まで覚えていたバッサイダイ)を打って即敗退&一人はそれで恥をかいたと言って退部。
もう一回はこれまた何の大会かもわからず、(そもそも自分が形の試合に出るのかもわかってなかった気がする) 個人でやはりバッサイダイを打ち一挙動目の交叉立ちで滑って転び低い点数がついて終わり。
それがこの時!奇跡的にたった一枚だけ残っている高校時代の形の写真w このカタチ…あちゃーです
この二つが高校時代の私の形の記録!!しかも一応私は主将(キャプテン)だったので、私の同世代の中ではこれでもまだマシだったのか?
どんだけ底辺の話をしてるんだか![]()
ところがそんな究極ダメ世代の私達の一つ下の世代に優秀な後輩が入部してきました。彼女は空手経験者で既に黒帯、そして真面目、挙句に勉強もできるという正に文武両道!ダメ先輩とは打って変わって私の代の引退後は(最初は6人いたが最後は2人)彼女が主将になり、何らかの大会でいい成績を残し校内で表彰されたりしていましたが、それがなんの大会なのかすら把握していないダメ先輩だった私。とにかく自分はどうやら糸東流という流派をやってるらしい…ということくらいはわかってましたが、他の流派のことなんて何も知らなかった、そんなレベルです。四大流派?指定形?なにそれ?みたいな。
そんな超絶ダメ先輩だったにも関わらず、彼女とは何故か未だに交流があるんですよね!いや、交流させてもらってると言うべきか…彼女の性格の良さがわかりますでしょ(^◇^;)先輩扱いしてくれて…😭普通ならダメ野郎の烙印押されて終わりですよね![]()
そんな後輩は大学に進んで教師となり、なんと母校に戻り教鞭をとる傍ら空手道部の顧問になりました🥋
戻った時の空手道部はもはや廃部寸前で、三人しか部員がいない状態だったとか。そんな状態から指導し始めて今や県大会ではなく九州大会で勝つのは当たり前で全国選抜大会に8年連続で出場し続け、インターハイ、さらにはナショナルチームのジュニア強化選手を輩出したり、国体への出場権を獲得したりと、九州を代表する空手強豪校へと生まれ変わらせたのでした!!しかも形で!!
私のいた頃に形の練習なんてあったっけ?という感じですが、指導者によってこんなにも変わることができるんですね。もう言葉がないほど凄すぎます。さらには18年ぶりに団体組手で女子が全国選抜大会への出場を決めたとか👊
遠く離れた関東から母校空手道部の信じられないほどの進化に、それを成し遂げてきた後輩には尊敬と、部員達の出す結果には感動と興奮をおぼえているのでした。
そして後輩達(OB面するのはおこがましい気もしますが
)の頑張りに恥じないよう頑張るぞと力ももらったり。いつか九州に行く時があったら息子も連れて強豪校となった空手道部の練習を見てみたいですね!!
3月末に全国高等学校空手道選抜大会がありYouTubeでも放送されるはずなので母校・久留米商業高等学校を応援したいと思います📣

