さて、谷村D.C.との出会いは衝撃であった。私にカイロプラクティックを明確に伝えてくれた初めてのカイロプラクターである。
この頃の私は、なんちゃってのレベルからも含めればおそらく6年ほどカイロプラクティックに携わっており、その間に多くの優秀な先生方と出会ってきた。しかし治療法としてのカイロプラクティックではなく、カイロプラクティックそのものを伝えてくれたのは谷村D.C.が初めてである。
まず読んでみることを勧められた本がある。ストラウスD.C.の俗にいう「ブルーブック」である。これはカイロプラクティックという職業について非常にわかりやすく書いてある。(たまに???という部分もあるのだが)
カイロプラクティックとは?
カイロプラクターの仕事と目的とは?
このような単純な問いかけに答えてくれる。しかしカイロプラクティックを治療法の一つだと思っていた私はある意味ショックを受けてしまった。
5で書いたように、ガンステッドを勉強していた私にとっては、手によるアジャストを治療の一番重要な手段に置きつつ、如何に患者を治療するかということを考えていたのだから。。
頭で「カイロプラクティックは治療ではなかったのか・・・」と思っても、今まで治療家を目指して勉強してきたわけだし、私がカイロプラクティックを学ぼうと思った最初の理由は、西洋医学や他の療法で救われない人達をカイロプラクティックで救うためだったので悩むのは当然だ。
特に葛藤するのは臨床の場であった。カイロプラクティックを訪れる方の99%は何らかの症状で苦しんでいる。アジャストだけしてもまだ辛そう・・・この状況は今まで培ってきた後天的知能のせいでアジャストだけに信頼をおけない(患者さんの内に在る自然の力に委ねることができない)のである。
時と場合によっては筋肉への治療も必要なのでは・・・あんな治療法やこんな治療法もある・・・アジャストのみの施術を何回か繰り返したが相変わらず痛そうだな・・・などなど様々な声が頭に響いてくる。さらに正直言えば私も人間なので弱さがある。それは「アジャストしかしないのに、また来てくれるだろうか・・・」という悩みだ。
当たり前だがどんな職業でも生活のためにお金を稼がなくてはならない。世の中のカイロプラクティックの看板を掲げているところは、ほとんどがミキサーだ。つまり症状を取り除くために自らの知識を総動員していろいろな治療を提供する。しかしストレートはアジャストしてあとは完全に自然任せになる。
「満足感」・・・一般的な思考のレベルでは同じ程度の金額を払うなら、いろんなことをしてもらった方が圧倒的に満足するし、たとえ治らなくても気持ちよければまた行こうかなと思うのが人間である。
カイロプラクターとしての在るべき理想を思い描いても、ストレートを実践していく場合に立ちはだかる壁と、現実的な困難さに苦悩するのだ。正直に言うと「俺はカイロプラクターとしてやっていけないかもしれない・・・」と思ったことは一度や二度ではない。「ストレートでやっていける者など、カイロプラクティックの神に選ばれた一握りの人間だけだろうし、俺はそれを望んでも残念ながら現実的に無理だろう・・・」と思っていた。
しかしそれと同時に私が尊敬するこの業界の先輩からも「カイロバカ」と呼称されるほど私はカイロプラクティックが好きだったし、人生の中で唯一真剣に向かい合ってきたものだった。
「あなたの職業は?」と誰かに聞かれたとき・・・俺はカイロプラクターと自信を持って答えることができない・・・
鏡に自分の姿を写したとき、自分をカイロプラクターと呼ぶことができるのか・・・
人生を終えるときにカイロプラクターとして多くの方々の健康に貢献したと思って死ねなくていいのか・・・その時に後悔はないのか・・・
少ないながらも本当にカイロプラクティックを愛し、人生をかけて実践しているカイロプラクターがいることを知った以上、カイロプラクティックに徹しきれない俺がカイロプラクターと安易に名乗っていいのか・・・
このようにどうしてもカイロプラクティックを無視できないのだ。
つづく