日本上部頚椎カイロプラクティック協会といえば、カイロプラクティックの発展者であるB.J.パーマーの発表したHIO学説に基づき、ターグル・リコイル・テクニックのみを実践するスペシフィックカイロプラクターから成る協会である。
当時の私は、どんな症状であろうが、どこに症状があろうが、上部頚椎のみをアジャストするというターグル・リコイル・テクニックの存在を知ってはいた。それは私がまだ専門学校に通っていた頃に、普段はアメリカに住んでいるのだが日本に帰ってきた時だけ私の施術を受けに来る患者さんを通してだった。とにかく全身の状態が悪く、間欠跛行という一定の距離を歩くと脚に痛みが起き、休み休みでなければ歩くことができない症状を持った方だった。私は自分なりにどうにか施術をするのだが、満足はしてくれてもその場限りのもので根本的な解決にはまるで結びつくことはなかった。
そんな患者さんがある時再びアメリカから帰ってきたと思ったら、「先生!良くなっちゃったのよ!!」と興奮気味に話しかけてきた。患者さん曰く「私は今まで日本でもアメリカでも散々いろんな治療を受けてきたけど、治ることはなかったのに不思議で仕方がない」と言う。
アメリカに住んでいるのだからカイロプラクティックもいくつか受けてきたらしいが、やはり治ることはなかったらしい。では何を受けたのかというと、カイロプラクティックらしいのだが、他と全く違って首から上をレントゲンで撮影し第一頚椎がズレているといわれ、そこを軽い力で一瞬調整されただけだという。とにかくその当時の私は「なんでこんなに状態が悪い人の首しか触らないのに全身が良くなるんだ!?」と意味がわからず本当に驚いたのだが、これが上部頚椎専門カイロプラクティックを知るきっかけとなった。
他にも以前お世話になっていた先生から「ひどい坐骨神経痛でまともに歩けない人に、あるカイロプラクターがターグル・リコイルでアジャストしたら治ってしまって、それを目の当たりにしたときは本当に驚いた」といった話を聞くこともあった。
とにかく神秘的であり摩訶不思議なイメージを抱くことになるのだが、自分が実際に受けたわけでもないので、記憶は薄れていき、治療の勉強やら医学の勉強に精を出すことになる。今の私からは考えられないが、カイロプラクティックを治療としか思っていなかったので器具を用いるアクティベーターも積極的に学んでいた。
そんな時、前回のblogの最後に紹介した「カイロプラクティック哲学にみる東西思想」に偶然出会ったのだから、本当に衝撃であった。カイロプラクティックは哲学・科学・芸術であるのに、哲学に関してはまったく知らなかったために、一体自分はなんなのだろう?と複雑な気持ちに苛まれつつも、無視することができなかった。自分が良かれと何の疑いもなく歩いてきた道であったのに、立ち止まって考えさせられる・・・それだけの力を宿した言葉の数々だったのだ。
これから葛藤の日々が続くことになる。
つづく