あなたに質問です。
「自由」と聞くとどんな印象を持ちますか?
感覚的に軽いですか?重いですか?
「自由」は好きですか?嫌いですか?
ついでにもうひとつ質問です。
「責任」と聞くとどんな印象を持ちますか?
感覚的に軽いですか?重いですか?
「責任」は好きですか?嫌いですか?
さて、あなたの答えはどうだったでしょうか?
私自身は、
「自由」も「責任」もどちらも好きです。
「自由」という言葉に良い印象、軽やかなイメージや好きという感覚を持つ方は多く、憧れを持つ方も多いと思います。
一方、「責任」はどうでしょうか?
私がこれまでにセッションでお会いして来たお客様方は、あまり良くない印象、重たいイメージ、嫌い、出来れば避けたい、逃げたいといった感覚をお持ちの方も少なくなかったように思います。
そうそう、ある時、
「私は責任、どちらかというと好きですよ。自分のやりたいことに関してならば、昔から、私を責任者にしてほしい、と思う方です。」
とお話したら、
ビックリし過ぎて飛び上がり、イスから落ちそうになったクライアント様がいらっしゃいました(笑)
それくらい、
「責任」というものに、良い印象がない方もいらっしゃいます。
それで、どうして私が「責任」が好きかと言うと・・・、
自由と責任は一対のもの。
と感じるからです。
切り離せないのです、このふたつは。
自分の自由に行動出来るのは、行動の結果責任を自分が負うから。
自由な行動の結果、起きてくることを、誰のせいにもせず、自分で責任を負うと決めているから。
その時、私たちは自由なのです。
だから、行動の結果起こるであろうことを自分で負う覚悟が持てない時、私たちは自由になれません。
不自由さを感じます。
また逆に言えば、
私たちの自由は、自分で責任を負える範囲でしか行使しようがないのです。
例えば会社組織の中で、一介の平社員が、
「何をしようが俺の自由だ!」と勝手にやりたいことをしても、
それが会社の意向に沿わなければ認められないように。
また、例えば、
「人にどんな感情を抱こうが私の自由だ!」と言って、
誰かに面と向かって「あなたなんか大嫌い」と言ったとします。
この時、言われた相手にももちろん感情がありますから、
「なんでそんなこと言われなきゃならないのっ!」
とケンカになるかもしれません。
これに対して、
「私があんたを嫌うのは自由だ!だから文句を言うあんたがおかしい!」
という理屈は成り立たないわけです。
自分の行動の結果起こることの責任は自分で負わなければなりません。
ですから、私たちが自由を求める時、
実は最初に知るべきは、「自分の負える責任の範囲を知ること」なのではないでしょうか?
自分の責任の範囲が曖昧で不明瞭な時、
あるいはそれが、
分不相応に広がりすぎている時、
いたずらに「責任」を怖れる傾向があるように感じます。
子供の頃からずっと不自由だった、と感じている人は、気づいてほしい。
子供は負える責任の範囲が狭かった。けれど私たちは成長して、今は大人です。
今、自分が負える責任の範囲は、子供の頃と同じですか?
きっと広がっていますよね?
それに気づいたら、
もうあなたの自由は広がっています。
責任から逃げるとどんどん不自由になり、
責任を明確に見ると、どんどん自由になる、の法則。
今の自分が等身大で負える責任の範囲を見ることが、自由への鍵なのです。
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