今日は4月8日。「花まつり」の日でしたね。
ワタクシは、団子を食べるくらいしかやってないですが(団子が螺髪に似ているから関連あるらしい…)
春は「張る」。生命力みなぎる季節。
「これから始まるゼw」といわんばかりの植物の芽吹きや花々を見れますし、ほろ苦く美味しい春野菜や山菜が食べられるので、春は楽しみです。
季節の楽しみは「食べ物の旬」が何よりも大きいですね。食い意地?何とでも言えw
まぁ、まだ花粉症に罹っていない(と自分では思っている)手前、いつその症状が出るのか、戦々恐々な気分もありますが…(^^;
まだ肌寒さも残る新潟ですが、モクレンが咲いているのを発見しました。
上向きに咲く白いモクレンを見ると、春になったなぁ…と感じます。
ワタクシの好きな花「たんぽぽ」の季節は、もうすぐかな?
桜は、ほぼ満開になっています。例年なら、もうちょっと後なんですが、今年は4月に入る前(3月31日)に開花宣言が出されています。
食卓では、ハクサイの菜花(トウ)が上り始めると、春を感じますね。
一昨日も昨日も今日も、朝と晩に出てきました。おそらく…明日も明後日もそうでしょう。いや、嬉しいことなんですがね。
家庭菜園の自家製なんですが、白菜は半分以上、ハクサイではなくトウを収穫するために作っています。
それくらいウチの母親が好きなので、春になると毎食のように(毎日のように、に非ず)出てきます。
「あの家は白菜植えるけど収穫しないのかな」と思われているんじゃないかと思ったり…いや、新潟の家庭菜園はみな、トウを食べるために育てていますね。
この食材の先端にある黄色い花のツボミが集まった姿を見ると、「ハクサイは菜の花の仲間(アブラナ科)なんだなぁ」と、深く実感します。
中国で、カブとチンゲンサイの交配(どちらもアブラナ科)によって生まれた品種なんですよね。
カブは地中海沿岸からトルコ高原を経て、「文明の十字路」中央アジアの草原地帯やシベリア南部、あるいはシルクロードを通って、中国は華北地方へ伝わったもの。
チンゲンサイは、これまた地中海沿岸から南下し、アラビア海、インド洋、マラッカ海峡を通り、東南アジアを経て、華南地方へ伝わったもの。
乾燥地帯を通って、華北へ伝わったカブ。
湿潤の道を渡って、華南へ伝わったチンゲンサイ。
この2つが、11世紀は宋の時代のあたりに、中国の中間地点である"物流の要衝"「揚子江」の流域で出会い、「カブの貯蔵性」と「チンゲンサイの葉の多さ」という両者の「いいとこ取り」で誕生した。
ハクサイの姿には、そんな歴史を感じ…るのは、さすがにやり過ぎか(何)
まぁ、キャベツに似た外観でも、アブラナ科ってのは実感はできるけどもw
ハクサイが日本に伝わったのは、明治初期。
日清戦争で、中国の農地で育てられていたハクサイの立派な姿を見た兵士が、種子を持ち帰ったことから広まったらしいです。
交配で作られた雑種(なのか?)のせいか、ハクサイは他のアブラナ科の花粉を受粉して別種になりやすく、伝播当時は、栽培して種を得て翌年植えても「あの立派な姿」にならなかったそうな。
当時の日本は、他の菜っ葉類(アブラナ科)が多く育てられていたため、解決は非常に難関。
…だったのですが、「じゃあ、菜っ葉を栽培してない離れ小島で育てればいいんじゃね?」と裏技を思いつき、その試みは成功して解決したとかなんとか(日本三景の松島ほか2ヶ所で成功したらしい)
チョウが花粉を運んでくるのを、なんとか必死に追い払ったというエピソードが、なんとも微笑ましさに花を添えますねw
ハクサイってのは、庶民の食材というイメージとは裏腹に、箱庭育ちのお嬢さまなんですなぁ。麗かなものです。
ところで、ハクサイって、朝鮮半島では、いつ頃からどのようにして、栽培(というか育種)に成功したのかな。
あちらの代表的な伝統料理とされているキムチは、ハクサイと唐辛子でできている印象が強いですが、その唐辛子は南米原産で、ポルトガルから日本に渡来し、豊臣秀吉の時代(16世紀)に日本から朝鮮に伝わったと言われています。
そして、ハクサイの栽培技術は、日本から伝わったもの。
禹長春(ウ・ジャンチュン)博士により、1950年(昭和25年)に確立して、ようやくハクサイが朝鮮半島でも栽培・収穫されるようになったそうな。
16世紀に唐辛子が、20世紀にハクサイの育種・栽培法が、日本から。
韓国料理といえば…で真っ先に思いつくハクサイのキムチは、日韓の歴史と交流の結晶と言えることになり。
また何故日本で誕生しなかったんだろうという疑問に繋がりますね。
それにしても、和食の代表格の1つ「鍋料理」の主役を張るハクサイが明治伝来だったり、ハクサイのキムチが1950年以降の確立だったり。
国を問わず、伝統料理って意外と歴史が浅かったりするのよねぇ…。