Gonちゃんの玉手箱 -112ページ目

モードを切り替えて

日野原重明 先生 記念講演

11月14日(水) 周南市 文化会館
13:00~開演
13:30~14:45 日野原先生記念講演 「生き方の刷新」
15:10~16:10 アトラクション「般若心経からモーツァルトまで」
このアトラクションを私がプロデュース及び出演いたします。


どんな事をやるの???ということについては、ぼちぼち説明していきます。

出演者は、エコ・アンサンブルのメンバー+大人山城太鼓+津軽三味線+お坊さん

を考えています。  使用楽器は打楽器・和太鼓・三味線・ヴァイオリン・チェロ・ピアノ・オカリナ・うた・などなど  かな???


<今日はまず最初から>

ステージ真っ暗の中から、水の音・木魚の音・ウドゥー・トンガトン・など・ろうそくの灯りをつけるところから始まる。

私を含め三人のプレイヤーは、演出をしながら演奏に加わっていくのです。

今回は、聞かせるだけでなく、魅せる。という難しい難題があります。






Murumure Le Cocert ミュルミューレ

Murumure Le concert  先日10月1日にみなとみらいホールで行なわれた演奏会である。 実は私にとってこの演奏会は、今後の私の人生を大きく左右するであろうコンサートとなったのでした。 出演させていただき本当にありがとうございました。


ミュルミュールとは音楽用語で

「つぶやき・ささやき」と言うそうです。


演奏者のそんな思いが聴衆者に届くようにと考えられ、このコンサートが企画されたそうです。


プログラムのご挨拶の中にこんなことが書かれていました。


先日ある友人から「音」と「色」の関係についてお話がありました。「音」の一つ一つが色を持ち、性格を持つと言うのです。例えば、C(ド)は、何にも染まる。D(レ)は黄色・・・派手。E(ミ)は、F(ファ)は、G(ソ)は。A(ラ)は。H(シ)は青紫。だそうです。

今回、このMurumureの演奏会(キャンバス)にそれぞれの絵を描きに訪れていったのかと思います。

次回は、どんな形でどんな色でどんなキャンパスでどんな絵がどんな人によって描かれていくのでしょう。

この演奏会が、多くの人たちに支持され、多くの人たちに喜んでいただけるような演奏会に発展していくと素晴らしいなぁ・・と感じました。


私自身、今演奏会を通して、多くのことを学びました。そして新たなる夢・と希望を得ました。


ありがとうございました。関係者の皆様のおかげです。今後より一層のご発展を祈念しています。




実は、みなとみらいホールコンサートカレンダーというチラシの中に、私の名前があった。という事で、わざわざ鎌倉から駆け付けてくれた女の子がいました。彼女が小学5年・6年生の時、音楽を教えていた子でした。

顔を見るなり、すぐわかったのですが、名前が出てこなくて、・・・・・。「○○です。」といわれて、「懐かしいですね」と答えるだけで、ゆっくり話が出来ないまま、別れてしまいました。今考えると連絡先ぐらい聞いて置けばよかった。と思います。「このチラシに名前が出ていたので、もしかしたらと思い、聴きに来ました。」  今、冷静に考えてみると、すごいことだと思います。もう一度連絡を取って、どうしても彼女に「ありがとう」が言いたいと思いました。


このコンサートが残してくれたものは、私にとってすっごく大きなものになっていっているように思いました。

嬉しいことに、この主催者の方から、また、来年もやろうか??というお言葉を頂戴いたしました。大変嬉しく思います。

私の教え子で、現在、音楽を続けてやっている人が数人います。その教え子達と競演できればいいなぁ。なんて思っています。いかがでしょうか? 私の新たな目標です。  その時には、私の親友(Perc.の○○ちゃんとかと一緒にやりたいですね。




だっさい!!!

東京・横浜に行ったときに、このお酒はおいしいのよ!って言われた。

という事で、「まつもと」さんと言うところで売っているお酒をちょっと紹介。

松本さんのブログから拝借したものです。

このお酒を今日二升送りました。昨日お電話で、「だっさい。だっさい。くだっさい。」とある葉山に住んでいる教え子から言われ、送ることになった。その彼女いわく、「あれゃ・・本当においしいよ。」だそうです。

という事で、少し紹介をさせていただきます。

獺祭・槽場汲み 2007秋

テーマ:お酒

もう定番!(限定酒ですが・・・)

直接、当日10月21日(日)蔵元まで汲みに行かないともらえない

『モチロン、私も!』 走る人

『獺祭 無ろ過・純米吟醸50・槽場汲み・本生原酒』
獺祭 槽場

720ml/¥1417  1800ml/¥2835 要冷蔵


この限定酒は年二回(三月・十月)のみの限定酒です。


かれこれ5年目ぐらいですが、たくさんの方が定着しました。
おいしいお酒は、リピート率も高いみたいです。

そういった意味で定番なんです!


このお酒を簡単に言うと・・・

山田錦50%精米の純米吟醸酒を搾ったままで、全く手を加えず、瓶詰めしたお酒です。 

勿論、加熱処理を一切しない本生です。

まさに『生まれたままの獺祭』天使

    

また、この獺祭は開封後、数日冷蔵庫などで寝かせることで、開栓時とはまた、異なる落ち着いた風味を楽しむことができます。



締切りは、特にはございませんが、「なくなり次第」=「売り切れ」となります。

ご予約は、お早めに・・・携帯


※搾りたてを当日呑みたい方は、21日(日)の午後3時以降ご来店下さいませ!

当日搾りたてホヤホヤ!が堪能できます!ニコニコ


ただいま №5

教え子達との再会 <鎌倉第一中学校吹奏楽部>










きっと、こんな写真を載せたら「もぅ・・・あんな写真をブログに載せちゃって・・・・」なんてきっと文句を言われるであろうが、いつも仲良しでいつも協力的で、いつも私の味方でいつも助けてもらっていた5人組です。まったく変っていない彼女達に逢って本当に嬉しかったです。

ただいま №4

懐かしの教え子達との再会 <鎌倉トランペットオーケストラ>











こんなにも、大勢が集まってくれました。  
藤沢のさいか屋で盛り上がっちゃいました。あの頃は、たしか小学生だったよね。  今は、三十うん歳です。

ただいま №3

演奏会終了後  教え子を従え、藤沢へ・・・・

桜木町まで、歩き。そして横浜駅に出て、東海道本線で藤沢へというコースを通った。と思う。横浜で時計を見ると、PM10時過ぎていた。電車がホームに入ってきた。ラッシュだ。電車の中はイッパイの人・人・人。立っていた私達の後を見てみると、なんと、長蛇の列。「なっ・なっ・なんでや」「いつもこんなですよ。」と教え子が・・・「おかしくない?」「わが町では10時になって外に出歩いていると不良っ!と言われている」町は真っ暗。終電は?????と言う感じ。と大きな声で話をしていたら、周りの人たちが「くすくす・・・」笑われた。  という事で電車の中での会話は終了。

藤沢に着いた。竜が仕事を抜け出して、駅まで迎えに出てくれていた。ホテルへ行った。腹が減ったので居酒屋へ皆で行った。食事をした後三人と別れて、竜の働いているお店に行った。・・・・・・

竜のお店が閉店し、違う場所へ移動。「積もり積もる話が延々と・・・・」時計を見た。AM3:00だった。

ホテルに戻り、ベッドに・・・。   目が覚めると、7時だった。また寝た。9時だった。また寝た。10時だった。竜に電話をした。岩ちゃんから電話があった。11時20分に藤沢駅で待ち合わせをし、鎌倉に行った。竜のお父ちゃん・お母ちゃんと一緒に七里ガ浜の超有名店に出かけ、昼食をとった。






食事をとった後、岡本邸へ向かった。  彼の仏壇にお線香を・・という事で向かった。懐かしい風景が、

車から・・・・。「おい、竜! 鎌倉第一中学校に行こう」 まったく変っていない町並みとまったく変っていない(すごく古くなっていた)学校を目にして、「次は小坂小学校」大船に出て、モノレール下を通り、藤沢・西鎌倉の岡本邸に行った。  ここもまったく変らなかった。 父が泣いた。俺も泣いた。 やはり早くして亡くなった彼を忘れることが出来ない。走馬灯のように頭の中を掻き廻る。 岩ちゃんはミカエル辺りの違うお宅へ訪問。 夕方、藤沢で鎌トラの同窓会らしきものと第一中学校の数人と会うために向かった。

ただいま №2

いよいよ演奏会当日である。いつものように朝6時ごろ目がさめた。がしかし、今日は岩ちゃんの家だし、ゆっくりしても大丈夫だ。と思い、寝た。一時間して目が覚めた。トイレへ行った。また寝た。また一時間して目が覚めた。10時ごろ伴奏者の方からお電話をいただき、待ち合わせの時間や伴奏併せの時間などを決めた。「11時15分ごろ、渋谷のハチ公まえで会うことにした。」ということを岩ちゃんに話をした。「うん。わかった」「朝飯を食べに出かけた。」都会の朝食らしく、マクドナルド? スターバックス?なんて、思いながら、同じような感じのお店に入った。なんと言う名前のお店か覚えていない。横文字のお店だった。「じゃ、本番には行くから・・・・」と言い残し、分かれた。渋谷から、みなとみらい行きの電車に乗った。乗換えがなく楽チンだった。みなとみらい線??とにかく無事に楽屋に着いた。楽屋は気を利かせてくれて、一人部屋のとっても快適空間だった。その隣の楽屋にアップライトのピアノが置いてある部屋で、練習することとなった。伴奏者の彼女と、すごくまじめにすごく真剣に取り組んだ。めちゃくちゃ緊張し、{ちゃんとしなきゃ、やばい。と感じていたからだ。}

ステージが使える時間になり、周りはあわただしくなり、ステージでのリハーサルが始まった。モニターに移っているのを見るかぎりでは、みんな緊張感を持ってリハに望んでいた。ついに私のリハの順番が回ってきた。 「すっごい、!」と叫んでしまった。(心の中で)「残響がすっごかったのです。」その中で吹き始めたら、何と気持ちがよくなってしまった。「やばい!」気持ちが良い。ピアノの音が大きく聞こえる。

あたり前であった。オカリナの音が心地よいホールなので、ピアノの音はでかいだろう。という事で、ピアノを抑えて弾いてもらった。とっても大変なことなのだが、難なくやってのけた。無事リハーサルも終了し、部屋に戻ったが暇である。何もすることなくソファーに座っていると、だんだん緊張してきた。やばい。と思い、部屋を出てホールの周りを散策することにした。まず、みなとみらいホールの入口に行こう。と思い、受付を通り階段を降り、エレベーターで1Fに降りた。外に出た。真っ暗であった。周りを見渡すと、ランドマークや観覧車、などなどとにかく都会だ。と感じた。




伴奏者の彼女は、「いつもあの観覧車に乗りたいって思うのよね。」   「乗ればいいじゃん」と言うと

「だって一人じぁね・・・・」  「じぁ今から乗る。」っていいたかったんだけどそんな心に余裕がなかった。


という事で、ぐるっと一周して、マクドナルドのお店を二件発見したのだが、同じようなお店で、晩御飯になりそうなパンにはさんだ野菜とハムなるものを注文し、部屋に戻ろうとしたが、出口がわからない。外に出て、観覧車のいちを確認して、歩き出し、ようやく表玄関についた。

ちょうど良い時間になっていた。いよいよ本番だ。

食事をしたので、波を磨き、体調を整える。薬を飲み、万全である。「あれ・・・少し心臓がばくばくしているかな?」と思ったらドアがノックされ「どうしよう私、緊張しているみたい。」と伴奏者。私は何もないような顔をして「あっそう。大丈夫だよ。」と気丈に振舞った。でも・・・・・・。

さぁ、ステージ横で出番待ちです。会場のモニターを見ながら、動揺している事をさとなれないように・・・

ステージに第一歩を踏み出した。その踏み出した足は左足?右足?  そんなことはどっちでも良いが、・・・・「わぉ・・けっこう人が入っているぞ」まずはおじぎをして、伴奏者の顔を見てにこっ!と笑い、準備OK! ピアノの前奏からスタートだ。最初の音が肝心だ。最初の音をおんてい良く出せれば、後は緊張せずに楽しもう。と決めていた。「やった。」とってもいい音。これで大丈夫。という事で、一曲目「大地の旅」を終了した。二曲目は「Cudly Walts」そして三曲目「童謡・唱歌」これがやっかいだった。こんなにポピューラー過ぎるほどの曲を、完璧に吹きこなさないと、まずいぞ!!ということで、プレッシャーだった。どうにかなったぞ。さぁ、最後の曲だ。宗次郎の「天空のオリオン」である。この曲はとにかくめイッパイ吹き込み、気持ちを前面に出し、まず自分が気持ちよくなることだ。と言い聞かせた。自分なりにはどうにか表現できたようなきがした。という事で無事に自分の出番が終わり、全部か終了して、カーテンコール。黒一点という事で、私が挨拶をする事となり、御礼を申し上げた。これで終わった。評判????

まあまあでしょう。

こんな素敵なレディーに囲まれ、「はい。ポーズ」

鎌倉で教えていたときの教え子二人とお母さんお父さん(シャッターを押している)と彼女が駆け付けてくれた。


なんだか、結婚するらしい。

おめでとう。

ただいま~~

「みなとみらいホール」での演奏会のために、出かけていった私にとっての
「演奏旅行」は、とっても素晴らしい思い出がたくさん詰まった旅行となりました。

では、まず、出発した「9月30日」の日の出来事から、日記風に書いていきましょう。

<第1日目>

新岩国駅を10時過ぎの新幹線こだまに乗り、広島で「のぞみ」に乗り換え、いざ東京へ向かった。(久しぶりのオノボリさんなので、期待が不安を打ち負かしていた。)

新幹線の中は快適であった。雑誌を二冊、新聞を隅から隅までみて、眠りに着いたそのとき、親友の岩ちゃんからメールが入り、「東京駅ではなく品川駅で下車する事」と書いてあった。そのメールの文章通り「品川駅」で下車することにしたが、携帯の電池表示が一本になっていた。「まっ・・まずい・・・」そして品川に着いた。どどっと新幹線から降りる中、きょろきょろしながら、大きな荷物を抱えた大きな男がプラットホームで、出口を探した。  南口・・って書いてあったけど、南口が見当たらない。

とりあえず、人の流れに沿って階段を上がっていったその先は北口であった。

看板を探した。南口と言う看板が何処にもない。「KIYOSUKU」のおばちゃんに聞いたら、もう一回階段を下りて南のほうに歩いていったら上のほうにあるよ。と親切に教えてくれたが、遠いだった。歩いているとき岩ちゃんに連絡をしようと思い携帯電話を見ると電源が入らない。しまった。もし、見つからなかったらどうしよう。不安で汗が出てきた。そのときである。コロ付きの重たいバックの取っ手が壊れた。階段を登ろうと思ったのに・・・・。仕方がないので、一段ずつ丁寧に抱えた。本当に疲れた。すると出口が見えた。そこには岩ちゃんが立っていた。ほっとした。

挨拶もほどほどに、岩ちゃんの自宅にすぐ行くことにした。着いた所は渋谷のど真ん中、NHKホールの正面入口付近の一等地の一軒やであった。いろいろな事情でこんな良い環境のところへ住む事になったらしい。とりあえず彼の家ですぐにバックの修理をした。その写真がこれだ。
穴を開け、ボルトとワッシャー、ナットで閉めて、外れないように修理した。これで安心だ。でもどうして、こんなに重かったのか・・・・・

同級生にお土産で山口県のお酒「だっさい」を5本入れていったからである。

まずは、修理が終了したので、渋谷のYAMAHAへ、楽譜を探しに行くことにした。

ほしい楽譜が手に入ったが、新宿で同級生と待ち合わせをした時間がこくこくと迫っていた。とりあえずほしい楽譜だけを手に、新宿に移動した。

そこであった同級生は、何と28年から30年ぶりの同級生であった。


都会だった。
 若いか、老けているかは、ノーコメントとしよう。

とっても嬉しい再会であった。
元気であったが、病気の話や、子供の話に「年を隠せない40代最後」の
私達であった。

この日は、岩ちゃんが結構ハイピッチの飲んでいたので、ロレツが回っていなかった。渋谷に戻り、ラーメン屋に・・・・・。

13頃帰宅して、フロに入り眠りに付いた。



いよいよ出発

約三十年ぶりの同級生の再会や、教え子達との再会。

そんな楽しみを胸にいざ出発いたします。

明日の演奏はどうなったのか・・・・・?

明日考えることにします。とにかく都会の空気を吸ってきます。

え~と忘れ物はないか?

薬は持ったか?

新幹線チケットはもったか?


では、しばしお別れです。


いってきま~す。

ミシンがけ、23本終了。

なんと23本あった。 なんだか楽しかった。  実はミシンがけ大好きかも・・・・・。

ゴミを燃やすのも好き。 物を作ったり、移動したり、・・・・今現在、秋・冬物の飾り付けで、移動しています。

鏡の位置はこれでいいかな? この商品はこれで売れるようになるだろう。なんて独り言を言いながら、雑巾を片手に、棚の整理と商品の入れ替えに余念がない。


ところで、「般若姫物語のDVD」の欲しい人は、コメント欄に・・・・って書いたのに、電話や、PCのEメール、直接・・・。どうしてコメント欄に・・・・。と聞くと、誰が書いたか、誰が見ているか、わかるからいやなんだって・・・


ということで、DVDが見たい人は、どんな方法でもよいので、連絡ください。多分明日(土曜日)には何本か出来上がると思います。