これまでいろいろなスポーツを体験してきた結果として、そのいずれにも共通する二つの軸に気付いた。


その一つが心の軸。言い換えれば、考え方の共通点。

そして、もう一つが身体の軸。これは、まさしく身体のバランスをとるための「軸」だ。


心の軸の筆頭は、探究心。各々のスポーツの奥深さに惹かれ、それに向かって貪欲に知ろうとする心。それに付随して大切なのが、沈滞期を歓迎する心。


「好きこそものの上手なれ」の言葉どおり、すべては興味から始まる。次第にそれは面白さへと転化し、緩やかに沈滞期を迎える。


ここが一つの分岐点で、多くの人は面白さの減退を毛嫌いして違うテーマを探し出す。すなわち、そのスポーツから離れてしまう。


そんなとき、「またまた来たな伸び悩み!」みたいなポジティブな考え方ができ、「いつかは…」なんて夢を馳せることができる人は、ある日突然化ける。


ぐるぐる同じテーブルを廻っているうちに、急に離陸することができる。気がつけば、「中級」あるいは「上級」ステージに昇っていたりする。


ところが、これには結構な忍耐力がいる。相当に同じ汗をかく必要があるから、ほとんどの人が自分の「素質」を理由に撤退してしまう。


どのスポーツもこの倦怠期、沈滞期をじりじりと乗り越えなければ次がない。そういう意味で、心の軸、ポジティブ・レジスタンスは共通の軸といえる。


もう一つが身体の軸。柔道、ゴルフ、水泳、マラソン、自転車等々、すべては軸で発揮できるパワーが決まってしまう。


競技によって頸椎から腰椎までのいわゆる背骨の傾きが違ったりする。しかし、この両端である首と尾骨の一方あるいは双方がブレてしまえば、どの競技でも結果は残せない。


軸自体が移動することはあっても、その軸の運動中の軌跡が線から面にブレるとき本当の力は発揮できない。


最近、この身体の軸について大変面白いことに気付いた。


マラソンで長く走るには「軸」が安定していることが不可欠だ。そのためには、軸を意識してこれがブレないように腕を円周上に振るのが理想。


と、思っていた。


ところが、である。


人間の身体を天井側から輪切りにしてみると、背骨は身体の後ろ側にある。確かに、考えてみれば、背骨はアメリカンドッグの串のように身体のまんなかにはない。手で触ってわかるように身体の後ろ側にある。


軸位置を正確に把握することができると、振る腕の軌道は身体の前方が大きく振れる反円上となることがわかる。


分かりやすく言えば、へそは左右に振れても身体の後ろ側中心の背骨は振れない「前振り」型の走りである。


確かに、Qちゃんこと高橋尚子選手はイヤイヤと言わんがばかりに、腕を体側に添え、へそ側を大きく振って走っていた。


この軸のイメージングはとても大切で、私はこれに気付いてから競技性向が著しく変わった。また、動きがスムーズになったアスリートを何人も見てきた。


ちょっと、話がそれてしまったが、今日は心と身体の二つの軸の話。


いずれも、アスリートなら、あるある、そうそうって感じで至極当たり前のことかもしれない。だが、空気のようなこの定説が実は「これなくして夢もなし」ってくらい大事なエッセンスだったりする。


ちょっとした「気づき」が人生を大きく変えてしまうことがある。


もしかしたら、軸のイメージングがあなたの未来を変えるかもしれない。


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7月21日(土)午前10時。


子供の頃から私達兄弟をとてもかわいがってくれた伯父が急逝した。


酒も遊びもしない実直勤勉な伯父は健康が歩いているような男だった。


病院など行ったことはほとんどなかったと聞いた。


心不全による突然の他界。76歳だった。


会う度に、いつも変わらぬ満面の笑みで最期まで私達を励ましてくれた。


あの肌艶と元気さからすれば、あまりにも早い死と言っても過言ではない。


昨夜、伯父の住む群馬での通夜に向かう途中、いろいろな思い出を回想した。


そのどれもが、いつも優しいあの笑顔、あの穏やかな声だった。


もっと会っておけば良かった…。もっといろいろな話をしておけば良かった…。もうこの世にいないとは…。


胸中、まさに後悔先に立たずの極みである。


出会いがあれば、別れが来るのが必然。わかっていながらも咀嚼できない。


ただ只管に、淡々と、茫然自失な時間が流れゆく。


どうぞ安らかに…。


合掌。

子供の頃、極度の恥ずかしがり屋だった私。


人前で話すと顔がカッと熱くなってどうにもならなかった。


みんなに変に思われないかと憂慮し、話し終わったら終わったで、ああでもないこうでもないと後悔した。


たぶん、いろんな雑念に囚われていたんだと思う。


しばらくそんな自分が続いたが、社会人になって否が応でも大勢の人の前で話さなければならない場面に遭遇した。


それも千人位の前でだ。職場の同僚や後輩もいたので、できないとは言えず任せとけみたいなノリで引き受けてしまった。


流石に前日は眠れなかった。登壇時間が近づくにつれ、心臓がバクバク、脚が小刻みに震えてきた。


さてとばかりに、ステージの中央に立ったのはいいが、周到に用意した原稿に目をやる間もなくスピーチを終えた。


支離滅裂だったが、下を向いちゃいかんと思い聴衆とのコミュニケーションに徹した結果だった。


それから、何度となくスピーチの機会をいただくうち、おぼろげながら自分自身が見えてきた。


バクバクはこれからもずっと続くな、原稿は一生読めないな、等々。


心臓バクバクは柔道の試合の前にも必ずなる。トライアスロンも然りだ。


つまり、これは自分自身が一生懸命だからこそのバクバクなわけで、チャレンジの証なのだ。


ならば、今日もバクバク来たぜ、いよいよだな、って考えればいいやって思うようになった。


バクバクが来ると「よーし!来たぜ~」ってな感じで思い切り笑顔が出せるようになった。


緊張はストレス、でも、このバクバクは「高揚」。歓迎すべき「昂り」なのだから、身体のなかに発生したら満面の笑みで受け容れてあげればいい。


私はバクバクを克服したのではなく、バクバクを味方につけたのだった。


ちなみに、いまはスピーチ原稿は用意しない。話す順番を示すテーマを箇条書きに並べたメモを卓上に置いて話している。


極端に人が苦手な私でも、それを悟られずに毎日生きている。


笑顔よりゴージャスなものは、この世にはないんだ。


今日もゴージャスな一日を!


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マコーマックがLIXILアイアンマン70.3ジャパンで優勝



接戦の末、優勝は世界二度優勝のチャンピオンの手に。


第3回アイアンマン70.3大会ジャパン常滑は、過去二度世界王者のクリス・マコーマックが終始リードし優勝した。


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マコーマックが終始リードとはいえ、勝敗が歯切れよく決まったわけではない。スイムが終わり、同じオーストラリア人のベッケルが30秒後に迫っていた。

バイクは、ほぼ二人が同時スタート。バイクコースはうねうねとカーブが続き、終始注意が必要だ。ベッケルはレース後、このコースは他に類を見ない形状と語っている。

彼らはほぼ同時にバイクを終え、ラックに自転車をかけた。この大会では選手の自転車をセントレア空港に運ぶため、輸送の関係上すべての選手はペダルからバイクシューズを外さなければならない。

世界頂点に二度立った経験を持つマコーマックと、先月のアイアンマンオーストラリア・ポートマクアリー大会準優勝のベッケルは、ヘルメットとシューズをつけたまま更衣テント前を横切っていった。これは、なかなか見られる光景ではない。

二人は同時にランスタートし、常滑漁村を抜け9km続く海岸沿いのコースを駆けていった。9km地点では、未だ二人は並んで話をしながら走っていた。そして16km地点。いよいよ会話が止む。が、いずれもすぐにはスパートをかけない。

このあと、いよいよマコーマックより11歳年下のベッケルが、我慢できずに飛び出す。機を伺っていたマコーマックもすかさず爆発。マコーマックは、ベッケルの追い上げを交わし2m前でゴールした。


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フィニッシュをマコーマックは語る。


「ベッケルを引き離すことはできなかった。年齢を感じるよ。ティム!(ベッケルのこと)!来年も勝負しよう!」


ベッケルは、「素晴らしい観客の応援だった。こんなコースは初めてだよ。憧れのマッカ(マコーマック)とレースできたのも感激。スパートが早過ぎたけど、2位には満足しているよ」と語った。


スウェーデンのフレデリック・クロネボルグはタイのプーケットに住み、練習している。彼はこの大会は3度目の挑戦だったため、バイクコースを熟知していることが若干有利となった。「去年と似たコース設定だった。複雑過ぎてよく覚えてないけどね」(今回、彼は3位)


クロネボルグは、バイクコースについて「ほんとに全コーナーが特異。アップダウンも多くきついよ。スピード上げれば突然コーナーが出てきて減速。どのコーナーもボランティアが本当によく注意を促してくれた(とにかくコーナーが多い!)」と語った。

女子のレースは、日本の田中敬子が終始リードを保ち優勝。3分遅れで、同じく日本の大松沙央里が2位。大松はドイツのカチャ・レイブを終始追い、ランで追い抜いた。


スウェーデンのフレデリック・クロネボルグはタイのプーケットに住み、練習している。彼はこの大会は3度目の挑戦だったため、バイクコースを熟知していることが若干有利となった。「去年と似たコース設定だった。複雑過ぎてよく覚えてないけどね」(今回、彼は3位)


クロネボルグは、バイクコースについて「ほんとに全コーナーが特異。アップダウンも多くきついよ。スピード上げれば突然コーナーが出てきて減速。どのコーナーもボランティアが本当によく注意を促してくれた(とにかくコーナーが多い!)」と語った。


さて、男子年齢別部門1位、総合4位でコナの出場権を獲得したのは、愛知県出身の三澤慶記。彼は、25-29歳の部に出場。4:18:34でゴールした。


女子総合3位はシャオ・ユー・リ。彼女は35-39の部に出場。4:41:28でゴールした。


米国のベン・グリーンフィールドは日本に初来日で参戦についてLAVA MAGAZINEにレポートしている。グリーンフィールドは、飛行機酔いはあったがいいレースができたことなど、初の日本アイアンマン70.3体験を語ってくれた。


「このレースは、景色、文化、挑戦が究極の組み合わせになっていた。完走して、冒険をやり遂げた達成感に包まれた。レース実行委員会や日本のもてなしは最高だった」


なぜベッケルがあれほどまでにバイクとランでマコーマックにぴたりと付いていたのか。ソーシャルメディアは、この理由を知り唖然とした。


ベッケルは、バイクの途中、補給食のジェルを全部落としてしまった。マコーマックは自らのそれを半分ベッケルに分け与えレースを続けたのだ、と。


なんと素晴らしいスポーツマンシップなんだろう!


Pro Men’s Results:

1. Mccormack, Chris (AUS) 00:20:06 02:23:30 01:14:58 04:03:40

2. Berkel, Tim (AUS) 00:20:29 02:23:10 01:15:00 04:03:42

3. Croneborg, Fredrik (SWE) 00:20:34 02:30:41 01:16:01 04:12:19

4. Felbabel, Erich (HKG) 00:22:43 02:28:53 01:24:00 04:20:37

5. Hiramatsu, Kodo (JPN) 00:20:53 02:37:43 01:19:42 04:22:52

6. Shinya Suganuma (JPN) 00:22:42 02:42:54 01:17:43 04:28:18


Pro Women’s Results:

1. Tanaka, Keiko (JPN) 00:21:50 02:47:00 01:23:21 04:37:33

2. Ohmatsu, Saori (JPN) 00:22:45 02:49:57 01:22:28 04:40:24

3. Rabe, Katja (GER) 00:22:44 02:48:39 01:30:55 04:47:43


原文IRONMAN.COM 『MCCORMACK TAKES LIXIL IRONMAN 70.3 JAPAN TITLE』Recap by Emma Bishop (Published Sunday, June 24, 2012)を翻訳。

REPRINTED WITH PERMISSION OF IRONMAN.COM




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先週末、小中学校の同級生二人と私の三人で、久し振りのプチ同窓会を開いた。


彼らとは昨年末、Facebookを通じて二十数年ぶりに再会して以来だった。


友人二人は卒業後も地元に留まり、遊びも仕事もともに語らいながら今日まで来た。


不精な私は、地元を離れた後は連絡もせずに時を重ねてきたので、知らない話ばかり。


旧友の活躍や、二人のこれまでの話はとても面白く時間があっという間に過ぎていった。


卒業アルバムを持ってくれば良かったなあ、などと話ながらも、私は記憶を辿り懐かしい旧友の名前を挙げては彼らの「その後」を二人から聞かせてもらった。


いろいろ面白おかしい話も多かったが、なかにはすでにこの世を去ってしまった友人もいることを知った。

よく遊んだ友達の名前も出てきてとてもびっくりしてしまった。


小学校のとき、一緒に少林寺拳法を習い、週に3回、自転車で片道1時間もかけて稽古に通った友達もすでに他界していた。


目を閉じると、彼の笑っている顔、自転車に乗っている顔、稽古をしている時の顔…。


さまざまな表情が、一瞬にして記憶の引き出しから飛び出してきて、ぐるぐる頭の中をかけ巡った。


もう会えないのか。もういないのか。もう一度会いたかった…。


帰り道、とてつもない寂しさに包まれた。そして、いまもふと我に帰ると言い知れぬ寂しさを感じる。


私は、幸いこの世に残してもらえている。今生で若くして逝った彼らの分まで無駄なく生きなきゃいけない。


やるせない気持ちと、前進しなければならない使命。


人生は本当に難しい。ときに、辛く切ない。


私たちは、一時もつまらぬ時間を過ごしてはいけない。


死ぬまで毎日を最高の笑顔で過ごさねば。


私が逝ったとき、皆の回想する私が「笑顔」であるために。


旅立った友人たちに、改めて合掌。


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