毎日何もなかったかのように陽が昇り、そして沈みゆく。


自然に身を任せられればどんなに楽かはわからぬが、生きているとなかなかそううまくはいかない。


自分が許さない、環境がそれを許してくれない。そうこうしてるうちにストレスが溜まってくる。


実は、そのストレスのほとんどが実は自分の感じ方、考え方にある。


より快適に生きるためには「自分力」を身につける必要がある。


この「自分力」。日本人は発揮するのが苦手。「力を殺す」文化に身を置いているから、余計に発揮できずまた辛い。


たとえば「仕事」。嫌な仕事でも「家族のため」「お金のため」と自分以外の人や物を主役にして自分を大切にしない。


私は阪神大震災のときボランティアで現地を訪れた時あることに気付いた。


それは、まず自分がしっかり元気で楽しくやっていないと、他人の面倒はみれないということ。仮にみれたとしても、十分な力を発揮できないということだった。


以来、自分なりに思考錯誤を遂げ、いまではまず最初に自分の気持ちを守ってあげるようになった。


仕事は定時で切り上げ、ペットと遊ぶ。趣味もしっかりやって、美味しいものを食べる。


そこから生まれる闊達な姿が周囲に影響を及ぼしていくと信じて疑わない。


どう考えるか、どう行動するか。一度限りの人生を、今という時をどう刻むかは、まさに「自分力」次第。


この考えに共感してくれる人々と、笑顔で元気に生きていきたい!


GO MY LIFE ☆ りゅうのブログ







毎日何もなかったかのように陽が昇り、そして沈みゆく。


自然に身を任せられればどんなに楽かはわからぬが、生きているとなかなかそううまくはいかない。


自分が許さない、環境がそれを許してくれない。そうこうしてるうちにストレスが溜まってくる。


実は、そのストレスのほとんどが実は自分の感じ方、考え方にある。


より快適に生きるためには「自分力」を身につける必要がある。


この「自分力」。日本人は発揮するのが苦手。「力を殺す」文化に身を置いているから、余計に発揮できずまた辛い。


たとえば「仕事」。嫌な仕事でも「家族のため」「お金のため」と自分以外の人や物を主役にして自分を大切にしない。


私は阪神大震災のときボランティアで現地を訪れた時あることに気付いた。


それは、まず自分がしっかり元気で楽しくやっていないと、他人の面倒はみれないということ。仮にみれたとしても、十分な力を発揮できないということだった。


以来、自分なりに思考錯誤を遂げ、いまではまず最初に自分の気持ちを守ってあげるようになった。


仕事は定時で切り上げ、ペットと遊ぶ。趣味もしっかりやって、美味しいものを食べる。


そこから生まれる闊達な姿が周囲に影響を及ぼしていくと信じて疑わない。


どう考えるか、どう行動するか。一度限りの人生を、今という時をどう刻むかは、まさに「自分力」次第。


この考えに共感してくれる人々と、笑顔で元気に生きていきたい!

私の心には、間違いなく二人の自分がいる。


「イケイケな自分」と「ダメダメな自分」。


普通の人は、そのまんなかに「程良い温度の自分」がいるんだろうが、どうやら私にはそういうスマートな自分が存在しない。


やると決めたらとことんやろうとする。飽くなき執念でドMまる出しで爆走する。


そんでもって、首尾よく目標のゴールテープを切れればこれに越したことはない。


が、問題はそのテンションが途中でほどけた時だ。


高地から命綱を断ち切られた自分は、一気に転落する。


ブレブレになって、あっちうろうろ、こっちうろうろと途方もない散漫な行動で時間を浪費し始める。


昨日言っていたことと今日言ってることが真逆だったりして、面倒くさい奴になる。


そこで登場するのが「ダメダメな自分」。


路頭に迷う子羊を、このネガティブ野郎が回収する。


「俺は本当にダメだな!何やってもダメだからもう何もやんねえし」って感じになっちゃう。


気がつくと、独りぽつんと離島に行ってぼけっとしてたりする。


何の予定も立てずに、なるべく人と関わらないでひっそりと過ごす。


昼は大の字仰向けで海にぷかぷか浮かび、夜は天井をぼうっと眺めながら記憶を吹っ飛ばす。


とにかく不器用な自分。イケイケか、ダメダメか、いつもそのいずれかに縛られて生きてる。


でも、そんなアホな自分を見捨てることは決してない。


なぜなら、良くも悪くもオンリーワンな生き方をしてるから。ヘンテコで面白い奴だと思うから。


今日も孤軍奮闘、イケイケダメダメな人生を歩んでいこう!



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9月17日(日)。


曇りから雨、との天気予報だったが、朝起きてまだ空が高かったので峠にバイク練に行くことにした。(バイクと言ってもモーターバイクじゃなくてBICYCLE)


久々の自転車練習。今日は定峰峠を登る。


平地を走っているうちに雨に遭っても意味がないので、麓の「みちの駅おがわまち」まで車で行く。


峠の入口までは約11km。空はどんよりと雲が広がる。だが、走り出すと予報とは裏腹に、次第に青空が広がってきた。

峠を登り始めると、汗がドバッと噴き出す。額から流れ落ちる汗が目に入って痛い。滴はアゴをつたいバイクのフレームを濡らす。


やわらかい木漏れ日が秋の訪れを感じさせてくれる。苦しさのなかでも風情を全身で感じることができた。


ハアハア言いながら、とにもかくにもカラカラと足を回し続ける。


そりゃそうだ。足を止めれば転んでしまう。


峠で息を抜きたければ、方法はただ一つ。登り切るしかない。


登り始めたら誰しもきつい。自分だけじゃない。


「てめえでやりたくて来たんだろ!なら嫌々やるなよ!いい顔して登ったらどうだ!」


無茶な自問自答を繰り返し、時折不自然な笑みを浮かべて苦しさを誤魔化そうとする。


自転車で峠を行く醍醐味。それは、後戻りできないところ。止まることが許されないところ。


緩急つけることはあれど、のろまな亀ほどのスピードであっても前進しなきゃならない。


この「弛まない」感覚が、後々いろんな場面で役に立つのである。


根性論の論理性なんかじゃ語れない実地ならではの忍耐訓練がそこにある。


毎度のことだが、爆音立てたバイクが後ろから現れ、いとも簡単に峠道を駆け上がっていく。


「こらぁ!おまえら自分のエンジン使って登ってみんかいっ!」


とは言えないが、でっぷり肥ったライダーの後ろ姿など見ると、自転車で峠を登らせてヒイヒイ言わせてみたいな、などと、ドSなことも考える。


およそ身体の水分が出つくした頃、パンパンになった太腿は山頂へと辿りついた。


青空が広がっていた。「来てよかった!」


もし心が天気予報に負けて家でまったりしてたら…。


場合によっては無機質な収穫ゼロな時間を過ごしたかも、と思うとぞっとする。


「やっぱ、人生は挑戦だな!迷ったら、やってみる。動いてみる」


今日の決断に間違いはなかった。


峠には勇気ある決断をしたライダー達が続々と現れた。ここにいる皆は、「予報より明るい未来」を信じて歩んだ挑戦者たちなのだ。


良きオーラを持った者同士、山のてっぺんで爽やかな笑顔で「こんちわ~っ!」と挨拶を交わす。皆、白い歯で最高の笑顔をしてる!


深呼吸したあと、青空を仰いだ。「ああ、最高の気分だぜ~っ!」って大声で叫びたい衝動にかられた。


行く末ずぶ濡れになったっていいじゃないか。雨なんか恐れず、まず踏み出してみようじゃないか!


今日はなんかとても大切なことを実感できた一日だった。



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生きていると、毎日がドラマ。


色々なことが起き、同時にストレスがじわじわと蓄積してくる。


人のこころの器なんて、そんなに大きいものじゃないから、ある日突然暴発してしまったりする。


不幸にもそうなってしまった人は、会社を休んだり、生活ができなくなったりする。


私たちは、誰もがそんな危険と隣り合わせの毎日を過ごしている。


ストレスは灰汁(あく)のようなもの。心の上のほうに溜まり、放っておけば腐敗をはじめる。


だからこそ、こいつを早い段階で心の外に追いやりたいものだ。


一番いい解決方法は、愛、喜び、幸せなどポジティブな要素で器を満たすこと。


私は、愛犬とのふれあいでこころという小さな器を浄化している。(浄化してもらっている、が正しいか?)


夕暮れ時に愛犬と散歩に出れば、自分の顔が柔和になっていることさえ実感できる。


毎日毎日、この小さな命に支えられて生きていると言っても過言ではない。


この愛らしさに勝てる人間など、世の中のどこを探してもいないのだ。


どんなときでも動物たちをリスペクトできる人間でありたい。


そして、多くの人に小さな命を大切にする心を持ってほしいと願う。



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