こんちは、朋友庵の古山です。
私はこの仕事を平成9年から始めました。14年目に入りました。
よく続けてきているというか、まだまだというか...。
実はこの仕事をするキッカケになったのは、平成7年の阪神淡路大震災なのです。
その当時、私は大阪勤務で営業の仕事をしていました。
いまでは考えられないくらい、バリバリ?のサラリーマンでした。
地震ではめったに起きない私が気がついたのも、自分でもビックリです。
とっさに広島の実家にも電話する機転も利きました。
地震の状況が明らかになるにつれ、今まで築いてきたものが、いとも簡単に、わずかの間になくなってしまう。
その現実は否応無く私の人生に深く刻まれてしまいました。
「このまま、サラリーマンでいいんだろうか?」
「宮仕えは安定しているけど、いつまで続けることができるんだろうか?」
「将来のことを考えると...」と試行錯誤していました。
それからは、何か自分で出来ることは何だろうかとひたすら考えました。
そこから見つかった答えは、「自分の手に技を持つ」ということでした。
しかし、30歳過ぎから仕事に出来ることは限られました。
営業という仕事は以外と潰しが利かないものでした。
そして、結論は「人のカラダが元気になる手伝いをしよう」と。
それで、まずは民間療法である、カイロプラティックの勉強を始めたのです。
(続く)