国際緊急援助隊に参加して、フィリピンを訪れた高島和音さんのお話を聞きに
行ってきました。
今回フィリピンを襲った台風もすごかったけれど、
実際に緊急援助隊に参加するということは、
如何にハードなものなのか、しかもその下準備の高島さんの活動は
想像を絶するほどのハードであることがわかった。
しっかり、ビデオ撮影して、YouTube動画で公開する準備はできているのですが
JICAの了解をもらうまではと、今のところ非公開です。
とにかくいえることは、フィリピンという発展途上国であるので被害が酷かったのではなく
風速100m越えをあった超々大型台風が、日本を襲っても同じことが起こるということです。
フィリピンを襲った台風30号の衝撃2013年11月 3分23秒
http://youtu.be/XkoZr8kFlxw

そして、人間として、隣国とし当然のこととして支援を行うということが大切と思いました。
テーマ『フィリピン大型台風ヨランダの高潮被害と緊急支援から見えること
期 日 2014年3月29日(土) 時 間 14:00~16:00
会 場 静岡市清水市民活動センター第1会議室
講 師 高島和音 氏 JICA国際緊急援助隊隊員
とにかく、お話しの一部だけでも紹介します。
------------------
緊急援助隊は、1通のメールで、3時間後には、メンバーが決まり
翌日出発。
和音さんは、それよりハード
上司からの留守電、トランクに荷物を詰めて1時間後には成田に向けて出発!?
------------------
昨年11月8日午前、史上最大級の台風25号が
フィリピン中部サマール島に上陸、
1日半フィリピン・ビサヤ諸島に居座った。
10日(日)午前、JICA事務局勤務の高島和音さんは
事務局より、「政府よりの派遣要請はない様子、週末はよく休むように」
と指示が入る。
ところが、その直後、13時過ぎ上司よりの1本の留守電。
「早期にマニラ入りして、医療チームが迅速に活動ができるように」
急いでトランクに荷造りして、「1時間後」成田へ向う。
18時発マニラ行きに搭乗、22時半マニラ着
そのまま不眠のまま翌11日1時~11時大臣次官等と打ち合わせに入る。
そして、13時~20時まで、受入調整業務を現地とも連絡をとりながら行う。
そして、第一次緊急援助隊医療チーム30名が21時過ぎにマニラ到着した。
このまま 1時間の仮眠の後、空港へ又もどり、翌12日早朝17時マニア発セブ島へ。
とにかく、42時間不眠で働き続けたそうです、

---------------
一方
緊急医療チームの方は、普通に医療機関で、医師、看護師などとして勤務されている方。
夜も、勤務中の方も家庭で眠っておられる方も、いろいろなのでしょう。
その登録されれている緊急医療チーム約1000名に
10日夜21:04に一斉にメール(緊急チームに参加要請)が送られる。
22:45には、参加申込が締め切られ
約100名ほどの申込者から、約30名が人選され
24:00に、「11日12:30成田集合が告げられる」
という超スピード召集。
翌11日15:25成田発チャーター便でマニラへ向い、21時に到着。
・・・・・実際に援助隊本隊と高島さんがレイテ島タクロバンに入れたのは15日になってからでした、
お話しは、その生々しい経過が語られたのがすごい迫力でした、
ただ、会場との関係で時間が足りず、終了です。

高島和音さん、昨日は又、素敵な服を着こなしたレディそのもの。
とても、このハードな活動ができるようには、見えませんでした。
その外見とのギャップが又すばらしいと思いました。
彼女は、元々看護師さん。
しかし、ドミニカに海外青年協力隊として、参加したことから始まった、
帰って来ても、チャンスがあり、東チモール、スマトラ沖地震の支援活動。
ハイチ地震の民間緊急援助隊の先遣隊も経験。
そして、一年間のイギリス留学。
その帰りにクロアチアに観光旅行した話しを参考に
私もクロアチアに行ったくらい。
こんなスーパーレディが、私の友人なのです。
講演会の後、
「なんか質問ある?」とか聞かれて、
「じゃあ、続きは、ケーキ付で話ししてあげる」と言ってくれました。
\(^o^)/ 又会いましょう。
何故、このスーパーレディt私ごときが友達であるのか?
答えは、あの松谷清静岡市議の長女だからですよ、
行ってきました。
今回フィリピンを襲った台風もすごかったけれど、
実際に緊急援助隊に参加するということは、
如何にハードなものなのか、しかもその下準備の高島さんの活動は
想像を絶するほどのハードであることがわかった。
しっかり、ビデオ撮影して、YouTube動画で公開する準備はできているのですが
JICAの了解をもらうまではと、今のところ非公開です。
とにかくいえることは、フィリピンという発展途上国であるので被害が酷かったのではなく
風速100m越えをあった超々大型台風が、日本を襲っても同じことが起こるということです。
フィリピンを襲った台風30号の衝撃2013年11月 3分23秒
http://youtu.be/XkoZr8kFlxw

そして、人間として、隣国とし当然のこととして支援を行うということが大切と思いました。
テーマ『フィリピン大型台風ヨランダの高潮被害と緊急支援から見えること
期 日 2014年3月29日(土) 時 間 14:00~16:00
会 場 静岡市清水市民活動センター第1会議室
講 師 高島和音 氏 JICA国際緊急援助隊隊員
とにかく、お話しの一部だけでも紹介します。
------------------
緊急援助隊は、1通のメールで、3時間後には、メンバーが決まり
翌日出発。
和音さんは、それよりハード
上司からの留守電、トランクに荷物を詰めて1時間後には成田に向けて出発!?
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昨年11月8日午前、史上最大級の台風25号が
フィリピン中部サマール島に上陸、
1日半フィリピン・ビサヤ諸島に居座った。
10日(日)午前、JICA事務局勤務の高島和音さんは
事務局より、「政府よりの派遣要請はない様子、週末はよく休むように」
と指示が入る。
ところが、その直後、13時過ぎ上司よりの1本の留守電。
「早期にマニラ入りして、医療チームが迅速に活動ができるように」
急いでトランクに荷造りして、「1時間後」成田へ向う。
18時発マニラ行きに搭乗、22時半マニラ着
そのまま不眠のまま翌11日1時~11時大臣次官等と打ち合わせに入る。
そして、13時~20時まで、受入調整業務を現地とも連絡をとりながら行う。
そして、第一次緊急援助隊医療チーム30名が21時過ぎにマニラ到着した。
このまま 1時間の仮眠の後、空港へ又もどり、翌12日早朝17時マニア発セブ島へ。
とにかく、42時間不眠で働き続けたそうです、

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一方
緊急医療チームの方は、普通に医療機関で、医師、看護師などとして勤務されている方。
夜も、勤務中の方も家庭で眠っておられる方も、いろいろなのでしょう。
その登録されれている緊急医療チーム約1000名に
10日夜21:04に一斉にメール(緊急チームに参加要請)が送られる。
22:45には、参加申込が締め切られ
約100名ほどの申込者から、約30名が人選され
24:00に、「11日12:30成田集合が告げられる」
という超スピード召集。
翌11日15:25成田発チャーター便でマニラへ向い、21時に到着。
・・・・・実際に援助隊本隊と高島さんがレイテ島タクロバンに入れたのは15日になってからでした、
お話しは、その生々しい経過が語られたのがすごい迫力でした、
ただ、会場との関係で時間が足りず、終了です。

高島和音さん、昨日は又、素敵な服を着こなしたレディそのもの。
とても、このハードな活動ができるようには、見えませんでした。
その外見とのギャップが又すばらしいと思いました。
彼女は、元々看護師さん。
しかし、ドミニカに海外青年協力隊として、参加したことから始まった、
帰って来ても、チャンスがあり、東チモール、スマトラ沖地震の支援活動。
ハイチ地震の民間緊急援助隊の先遣隊も経験。
そして、一年間のイギリス留学。
その帰りにクロアチアに観光旅行した話しを参考に
私もクロアチアに行ったくらい。
こんなスーパーレディが、私の友人なのです。
講演会の後、
「なんか質問ある?」とか聞かれて、
「じゃあ、続きは、ケーキ付で話ししてあげる」と言ってくれました。
\(^o^)/ 又会いましょう。
何故、このスーパーレディt私ごときが友達であるのか?
答えは、あの松谷清静岡市議の長女だからですよ、