放射性ヨウ素はこうして広がった。もちろん、静岡... 投稿者 gomizeromirai
私は、毎週金曜日に「原発の再稼動反対」訴える市民行動に参加している。
そして、それを動画にしてYoyTube動画にアップしている。
2年前の福島第一原発を経験したものなら、当然だと思っている。
当時、「福島から気流に乗って静岡にも放射能が降り注いでいる」という情報を
ドイツ発として、知っていた。
しかし、その事故の直後でありながら、「まさか、静岡までは・・」と思っていた。
実際には、静岡茶の汚染事故があり、静岡県も大きな被害を浴びた。
原発事故は、命、健康という直接的な被害以外にも「風評・健康を犯されるかもしれないという恐怖」
などと言う以前に想像もしなかったことを私たちに襲い掛けた。
とにかく、ここまで来て確かに「電気は必要」だけれど、
それ以前に、原発事故はもうこりごり。だから・・・
と自然な気持ちで、
東京での首相官邸前の金曜日行動に呼応しての
静岡行動に自然に参加している。
私の若いときからの体験からだろうか・・・「反対!」という言葉が
時には心地よいくらいに感じることもある。
でも、それは私の感覚にすぎないことを強く戒めなければならないとも思う。
こんな事故を目撃し、体験しても、そして同じように「脱原発」を目指しているはずの
「仲間」のような友人たちの中に、「反対」と言えない人々がいる。
「反対しないこと」「無関心なこと」は、残念ながら「賛成」と同じなんだ。
そのことは、歴史が示している。
でも、「言えない」人たちは、「みんなで決めよう」と言えても、
「反対」と言えない。
それは、善悪では無いと思う。それは、「賛成」と同じなんだよ。
と身に染みるまでは、難しいのだと思う。
そういう人もしっかり仲間にして、粘り強く広がりを創ることが求められていると思う。
今年、1月に放送されたNHKの放射性ヨウ素のひろがっていく様子。
そのリアリティを感じたなら、「反対!」って言わざるを得ないのでは・・・と思うのだが。