ザグレブ発21:10ドブロブニク着22 OU664に乗るところで、少し時間があるので1泊2日のザグレブを振り返る。

最初の出だしがすべてだったのだろう。機内でRobertと出会い、話したこと。こっちは、つたなく情熱だけの英語、Robertは、ビジネスで中国、台湾で営業活動をするほどの語学の達人。

「こんにちは」で始まった会話。

まずは、「クロアチア人とは?」クロアチア、ボスニア、セルビアは、いわゆる人種=肌の色はいっしょ。言葉も実は、方言程度の違いがあるが同じ。違いがあるのは、カソリック、ムスリム、セルビア正教。「それでは、もし改宗したら人種が変わるの?」と言う馬鹿な失礼な質問をしたのです。

もちろん、適当な英語だからだいたいの感じ。しかし誠実な答え。「改宗は無い」つまり人種の移動はない。である。

私は、日本人は、結婚は神道、葬式は仏教、実は無宗教といういい加減さがあるので、理解しがたいが・・・などと話した。

理解できるのは、熱心な信者かどうかより、クロアチア人として生きることが、いつも保障されて生きて来なかった歴史があることです。

ロバートは、すべての意見を私の個人的な意見としっかり断った上で、いろんなことを語ってくれた。

クロアチア人は、種々の産業が栄え、利益も出していたが、セルビア人に搾取され、苦しめられてきた。そして、91年~95年の独立戦争では、多くの産業基盤も破壊された。そしてやっと今平和がある。残念ながら、若い子供達、ティーンエンジャーが、異性のこと、友達のこと、FBのことに夢中で、国ができた苦労などに無関心なんです。

ボスニア・モステルでは、今もクロアチア人はボスニア人と共存しているが、ボスニア政府は、ボスニア人だけのための政策をしている。クロアチア政府は、ボスニアにいるクロアチア人のための政策も行っている。

彼はサッカーが好きだが、プロサッカー選手が好きではないという。技量はチーム力向上より、自分の収入が向上することしか興味がないと思えるからだという。

彼らは、中国帰りが故か、尖閣列島を巡る日中の摩擦についても知っていた。

とにかく、私たちの前の席に座っていたロバートのが、「車で息子が迎えに来るから、ホテルまで乗せていこうか!?」と突然の提案。

もう喜びで、はしゃぎながら、イミグランドで入国審査を列をなしてまっていた。回りのクロアチア人も、「K-1の~~を知っているか?」と語りかけてくる。「クロアチア人がNo.1だ!」と調子よく話す私、「いやいや日本が一番だ!」などとボスやロバート、他のクロアチア人が言ってくれる。「日本はクロアチアの次のNo.2」などと調子のよい私に、「日本人は、楽しくて友好的だね!」といってくれた。

「うん!日本人のイメージを上げたな!」と心の中で思う私だった。

ザグレブでは、ホントにクロアチア人の親切で大助かりだった。

誰でも、道を尋ねたり、少し困ったりしているフリを見ていると喜んで声を掛けてくれる。

若いカップルに、「エクスキューズミー」と語りかけると、少し驚いたような感じの顔をしたので、あれ!と思ったけれど、質問が、簡単な道を尋ねただけなので、めっちゃ!明るく教えてくれた。

トラムに乗っていて、日本大使館があると通りに通りかかると、私が窓越しにカメラを構える。そしたら、そこに座っていた紳士が、「窓を開けてもいいですよ」と言ってくれた。

ホントに街中が、おせっかいではなく、自然に親切なんだなあ。

街中はトラム中心。ザグレブ駅やイラチッチ広場あたりの街の中心街には信号がない。通行人とトラムが適当に譲り合って、往来している。そのアタリは車はあまりない。一定の通行規制があるのだろうか?

気になったのは、若い子も含め喫煙者が多く、やたらタバコの吸殻が散らばっていたこと。

街中でも、気軽にキスをする若いカップル、オープンカフェ。私はすごいところに来たものだとつくづく思った。

ロバートにメールをしたら、早速ロバートの街(村)のHPのアドレスを送ってくれた。ザグレブ北部の小さな村だが、とても美しい街だ。

http://www.pregrada.hr/5_ostalo_motivi.php

ロバートに勧められたからか、ビールよりワインをやたら飲んでいる私。

さあ次はいよいよドブロブニクだ。