賛否を言いたがらない国民なのか?官邸デモは未来を変えるのか?
「口角泡を飛ばして議論」
対して勉強もしてなくても(今もそうかも知れないが)
「~が許せない!」「~には絶対反対だ!」と若い頃から議論をした。
私は、議論が下手だから、いつも言い負かされていたような気もするが…
私は、それが普通だと思っていて、
でも、最近は年のせいか、相手の意見を聞こう、それぞれの意見にも一利はあるのだと
大人ぶったりもする。
今年の初夏に韓国に行った際に、棺おけを掲げた5千人くらいのデモにソウルで遭遇した。
その時に、「日本人は自分の意見を言わない、主張しない、そういう傾向がある」と
昔、韓国からの留学生に言われたのを再度思い出した。
最近悲しい出来事があった。
私たちの世代への決別宣言をした比較的若い地方議員がいた。
「いろんな政策での賛否が違うから、いっしょにはできない」であるなら理解できる。
しかし、そうでも、なさそうだ。少なくともその違いは明示してくれなかった。
何回聞いても、異なる政策を話してくれない。
大切なのは「手法」だという。
「賛否を言い過ぎることによって色が出て、多くの人との協調ができないので、
少数のまま。それでは、社会は変わらない」
という主張らしい。
私には、どこまで「意味不明」である。
地球の裏側では、賛否の議論どころか、自由のために、平和のために、戦争、殺し合いまで起こっている。
それには、心を痛めるが、良いか、悪いかくらい、はっきりモノを言うことが求められていると思う。
昨日の報道特集では、「官邸前デモが未来を変えるのか?」がテーマであった。
日本を変えるのは、選挙「のみ」である。
国民の政治参加は、投票行動「のみ」である
という主張が、未だに存在し、賛否の表明に及び腰になっている人々がいる。
それだけでなく、「賛否を表明する人々を『憎悪』する人々」がいることが悲しい。