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ごみ問題とは何か?靜岡市の清掃工場情報公開資料から考える
1.ごみ問題はごみ処理問題なのか?
2.円滑?な焼却処理をしても、最終処分場問題がある
3.最終処分場問題の特効薬?溶融炉の登場
4.情報公開請求による西ケ谷清掃工場の現状
5.清掃工場は本当に30年に1回建て直さなければならないか?
6.溶融炉は本当に最終処分場要らずか?
7.最終処分場はどうなっているのか?
8.情報公開をして思うこと、整理すべきこと
(1)西ケ谷清掃工場の経費は軽減されたのか?
(2)スラグ化によって最終処分場は延命されたのか?
(3)ごみ問題は「ごみ処理問題」ではなくて、「生産・消費・流通問題」だ
2011年8月20日記 「ゴミゼロプラン静岡」市民ネットワーク 壷阪道也
<1.ごみ問題はごみ処理問題なのか?>
97年10月のCOP3に向けた静大でのシンポジュウムを出発点に、11月に「ゴミゼロプラン静岡」市民ネットワークが始まった。当時「靜岡市はゴミを燃やすことに熱心で…」という市民の意見はよく聞いたが、私はいつも反論をしていた。「大量のゴミを毎日見ているゴミ政策の関係者がごみ減量に無関心であるはずがない。」このことは今でもそう思っている。
しかし実際は、靜岡市清掃行政当局は「ごみ減量意識」とは別に、より効率的にごみ処理をすることが最大の課題であることを公言していた。「自治体の清掃事業とは、ゴミを処理することです。ゴミ処理能力=焼却能力が重要なカギをにぎります。焼却能力に余裕が無いと集めたゴミを溜め込まなければなりません。」H廃棄物政策課長(当時)(1999年11月24日松田美夜子講演会にて)
そんな状態で排出廃棄される市民のごみ、大量のごみ。それをどうやって処理しようかと悩んでいるのが地方自治体。「廃棄物の処理は地方自治体の固有の事務」(廃棄物処理法)だからである。通常ごみ問題は、ごみ処理問題=リサイクルのこと、分別のこと、清掃工場のこと、最終処分場のことである。だから、H課長の表現は、ある意味で間違っていないのかもしれない。当時の、廃棄物政策の幹部のKさんが「2000億円あれば、静岡県のごみ問題を解決してみせる」と豪語していたことを思い出す。そのKさんは、ゴミゼロフェスタの提案を私たちにしてくれそれが、今も続いている。
「ごみ処理問題」を解決する=ごみ処理を円滑に行うには、「余裕を持った処理施設」が効果があるのは事実だ。
しかし、市民にとってスムーズなごみ処理ができていることは、どんな効果現れるのかは、一目りょう然だ。家庭系可燃ごみ(直接収集ゴミ=パッカー車で集めるゴミ)の一人一日あたりを比較すると、全国でもトップクラスにごみ量が多い。※靜岡市の家庭系可燃ごみ量について、靜岡市廃棄物政策当局は、「靜岡市は昼間人口が多く、事業系のゴミが多いから、もっと少ないはずだし、靜岡市だけ特別ゴミを出す暮らしをしていない」と主張して「家庭系可燃ごみ量≠直接収集ごみ」としている。
<2.円滑?な焼却処理をしても、最終処分場問題がある>
表「靜岡市一日アタリのゴミ焼却量とゴミ量」でもわかるように靜岡市は、1960年代の一時代、吉津コンポストが存在していた時を除き、一日アタリの焼却ゴミ量を大幅に上回る焼却施設を維持し、靜岡市民のゴミを円滑に処理してきた。これが靜岡市の廃棄物政策=余裕を持ったゴミ処理施設の維持である。
しかしごみ焼却後の焼却灰は、最終処分場へ廃棄埋め立てられる管理型(直接埋めるのではなく、下や横に有害物質が流れ出されないようにビニールシートで遮断し、底に溜まる浸出水を浄化処理している)処分だが、三保に近い海岸沿い(海の中を遮蔽して)にある貝島最終処分場と、沼上最終処分場(沼上清掃工場の奥にある)の2つの最終処分場が靜岡市にはある。発生するダイオキシンの9割が詰まっていると言われる「飛灰」はバグフィルターに煙突から外気に出る前に捕獲され、キレートなどで化学処理されたものが最終処分場に運ばれ、埋め立て処分される。
清掃工場以上に迷惑施設=住民から身近な建設が嫌われる施設が、最終処分場であろう。貝島処分場は建設費では、静岡県内では、ダントツに高い。しかし、それでも海岸に建設しなければならなかったのは、他に建設場所を見つけられなかったからだろう。たまたま県の敷地(海)であったので、建設されたようだ。2000年前後には、穴が見つかり、海水が流入している(当局は、外にはもれていないと主張)のが見つかり2億円くらいかけて補修している。
<3.最終処分場問題の特効薬?溶融炉の登場>
そこで登場したのが、沼上清掃工場の灰溶融炉だ。焼却灰を清掃工場で発電した電気で超高温(1500度くらい)で溶融(溶かす)し、スラグという砂利状のものに変える。そのスラグは公共事業で砂利の代わりに路盤材などとして使われるので、「最終処分場要らずの優れもの」と言われていた。
しかし2004年4月に完成した灰溶融炉はその年の7月に爆発事故を起こしてしまった。また、何故かその後も処理能力半分でしかも2機の交互運転が今日まで続いています(フル能力の4分の1運転)。出来上がったスラグは、最近は別に売れないまま最終処分場にそのまま捨てられることもあった。
二代目の西ケ谷清掃工場は、1982年(初代は、68年~80年)から稼動していたが、清掃工場の寿命が20年とか、30年とか言われるためか元々の建替え時期といわれていたことと、旧靜岡市と旧清水市の合併で、旧清水市の清掃工場の建替えの代替もあって、3代目の清掃工場建設が、課題に上がり計画が進んた。
私は大量に排出されるゴミを当面どう処理するのかは重要であるので、新々西ケ谷清掃工場建設そのものに絶対反対ではなかった。しかしそれでも「ゴミ減量さえすれば、300億円の建設費は必要なくなる」という立場で、ささやかな論陣を張った。このことを巡り色んな方と討論もしたし、清掃工場の地元にも行き、住民と話もした。しかし、これがよくなかったようで、この主張のためか「靜岡市にむしろ旗を掲げて反対運動するヤツ」というレッテルを貼られた。そのため靜岡市の協力の下で行われたゴミゼロフェスタも何度も存続の危機を向え、何年も継続のために苦労してしまったのは事実。
とにかく、当初西ケ谷清掃工場の方式は沼上清掃工場と同じストーカー炉+灰溶融炉と言われていたが、灰溶融炉の運転が思わしくなかっため、新日鉄のシャフト炉式溶融炉と決定し、2010年4月に正式稼動を始めた。
新日鉄方式の特徴は、ゴミをそのまま燃やす=溶融する際、助燃としてコークスを常時使用し、溶鉱炉の技術を利用して、1500度の高温で、一機にゴミをスラグ化してしまうことだ。しかも、多少の金属が入っていても何でも、どんどん放り込んでも安定して溶融できること、出来上がったスラグが安定していて、路盤材などにも使いやすいという点だと言われている。
<4.情報公開請求による西ケ谷清掃工場の現状>
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今回新西ケ谷清掃工場の現状から、ごみ問題とは何か?最終処分場はどうなっていくのか?どうすることが大切なのか?を考えるための材料としていくために、情報公開請求をした。資料から、すこしでも現状を把握していきたいと考えている。
10万7千tのゴミを処理するために、単に燃やすだけではなく常に6%強にあたる約7千tのコークスを燃やすことは良いことなのだろうか?市民には、いつも問い続ける必要があると思う。
ごみ発電をして、実質的に2.36億円の貴重な収入も、コークス代金3.07億円で帳消しだ。
・・続く・・
<5.清掃工場は本当に30年に1回建て直さなければならないか?>
<6.溶融炉は本当に最終処分場要らずか?>
<7.最終処分場はどうなっているのか?>
<8.情報公開をして思うこと、整理すべきこと>
●情報公開請求して得られた
運転経費
2010年4月~2011年3月
107,181tの廃棄物を処理するために約10億円近くの税金を投入している。
新日鉄シャフト炉式溶融炉の特徴はまさに鉄を溶かす溶鉱炉そのままで、1000kgのゴミに63.5kgのコークスが使われることだ。



