令和6年6月29日
新国立劇場のレストランマエストロで、ソプラノ小濱妙美さんのバースデーパーティーでした。
小濱妙美さん、わたしがオペラ聴き始めた頃、日本でもかなり歌われることが増えてきた方。師匠の畑中良輔さんが新国立劇場の芸術監督をされていたこともありましょうが、それでも、最初からのキャストに加えて、ピンチヒッター的に急遽キャスティングされたような公演も多数ありました。そういうところに託される歌手、ただ関係が強かっただけでは務まりませんよね。
なんとなく、目的意識も希薄なまま大学に入学したものだから、なんだか、逃げるように、縋るように、オペラに興じていたあの頃。
終電で初台に来ては、新国立劇場のエントランスの前で寝袋に入り朝を待ち、60席弱の最上階最後列が1500円で観られるZ席がお目当て。やはり同じような人が結構いて、朝6時前には20人ほどが集い。いつもいつも決まったメンツが並んでいるような感じでした。オペラは日本の文化ではないものの、どこの街にもオペラハウスはあり、そんな街では食べるものも切り詰めても、日々の暮らしにオペラがあって、そういう人がいい耳を持っている、そんなことがあるとは言われますが、日本にも確実に、黎明期の、オペラパレスと呼ばれる前の新国立劇場にもそういうことは確かにあったのです。今となってはいい思い出です。明け方まで、この間あれを観た。あの人はよかった、こんな音源を見つけてこれがなかなか、なんて話を眠たくなるまでする。そんな日々。確かに青春の1ページでしたね。でも、あのオペラパレスのエントランスの床、石張りで、冬などあり得ない冷たさなのです。それでも冬山用の寝袋はなんとかわたしに温もりを保証してくれましたし、前を走る甲州街道や、今ほど多重構造ではなかった初台付近の首都高を走るクルマの音もまばらに、深夜の東京の中でのオペラトークは懐かしい思い出です。まあ、乞食と役者は一度やったら云々なんて言われますが、なんだか導かれるようにそんなことをしていましたけれど、あれは尊い経験だったと思っています。
と、そんなふうにしてオペラに興じていた頃に、イタリアの演目のみならず、ロシア語、チェコ語、はたまたコンサートとなれば日本歌曲にアメリカのゴスペルナンバーのような曲、ドイツの作品ワーグナーなんかもこともな気に歌いこなす。
東京のオペラと同時期にびわ湖ホールいだり来たりして、イタリア語と全く別の言語の作品を交互にこなす、などという芸当も目の当たりにしていましたので、この人すげ〜と思ったのは明確に覚えています。
そういう方のファンクラブ主催のバースデーパーティ。ここ数年混ぜていただき、楽しいひと時を過ごさせていただけているのはなんだか「人生、伏線回収は必ずあるのだなあ」などと思ったりしています。
ご本人が場数の人ですから、お弟子さんにもそれの尊さを伝えられているということなのか、小濱さんはお弟子さんも必ず場が与えられていろんな歌を披露してくださいます。
初めて行った頃は正直、小濱さんの歌はさすがだし衰えとは無縁だなあ、しかしという物言いが胸の支えになったようなこともありましたが、しかし毎年のように定点観測のようにいろいろな歌を聞かせていただいているうちに、お弟子さんの皆さんの研鑽の成果に触れることができて、なかなかそれも楽しみだったりもしています。
それこそ聴き始めた頃は一端の評論家気取りか?そんなことであんなにダメ出ししてみたり、偏っていたかも知らないし、たかだか数年聴きかじってきた程度の少ない「聴きレパートリー」からの浅い判断で歪んでいたかもしれないべき論を言ってみたりしていましたが、今からするとそんなあの頃の自分が恥ずかしいとさえ思うのです。作曲家も後世、極東の島国でもオペラハウスができて、そこで間抜けなオペラ好きに聴かれるなんて思ってもみなかったでしょう。わたしが聴くことはそんな奇跡であるという有り難さや感謝が全くなかったと思っています。
そんなことを噛み締めるようになると、デビュー前の歌手の歌は、デビューしたプリマプリモを張るスター歌手の歌に勝るとも劣らない尊さがあると思うのです。みんな親がいて、いろんな経緯で歌手を目指し、もうとうに亡くなった人が書いた、しかしものすごい魅力的な音楽に吸い込まれてそれを勉強して歌い込んでいる「最中」を見せられているということなのではないかと思うのです。
みんながスターにはなれない。舞台人とはそういうものではないかしら。もしかするとデビューはしない人も結構いると思います。音楽の先生になります。実家のご商売を継がなくてはなりません。志半ばで諦めざるをあないこともあるでしょうし、病で床に臥す。悲しいですがそうして歌を諦めるという話も一定数聞いたことがあります。
そんな中、「数百年前の聴きごたえ」を今に紹介してくれている。なんでもそうですが好き嫌いは仕方ないものの、尊さに貴賤はない。むしろ黎明の輝きを放つお弟子さんたちの歌もまた、というよりもその歌がまた楽しみだったりもするわけです。
云々、、、
会の後半でテーブルごとにスピーチをと言われてなんだかわたしにマイクが回ってきたので、こんなようなこと、あの姿にはむしろ励まされるようだという話をしたら、ファンクラブの代表が終了後にわざわざご挨拶に来てかださるようなこともあってむしろ恐縮。
とにかく、我がキャンパスのような新国立劇場で、あの頃の驚きであった小濱さんのお誕生日パーティーに参加できて、そのお弟子さんにもやはり、師匠のパワーが受け継がれている様を見る。
叩き上げオペラファンからすると、こんなにも感慨深いことはない、と思うのです。
二次会は幡ヶ谷の方に少し行ったところの中華料理店、とても美味しかったなあ。名菜館といいましたね。
ここはここでまた行きたいものです。
音楽と共に楽しいひと時。いい時間でした。











