2015年9月 たけさん8歳9か月。

学校で受けたK-ABCとWISCの検査結果を持って、いざ療育へ。
4歳の時から一年ほど通った療育だから、特に何の違和感もなかった。

正直なところ、またここで療育受ければいっか・・・という安易な思いでさえいた。

予約を取っていても待たされるという事も承知で、たけさんはお気に入りのプレイエリアで遊んでいた。
しばらくすると名前が呼ばれ、診察室へ入った。
たけさんは先生の真ん前の椅子に座り、私は少し後ろの椅子に座った。

先生はまず名前を聞き、そのあとに世間話でもするかのように、あれやこれやと、問診を始めた。
例えば複数小道具を出して、これは引き出し、これはノートにはさんでおくね、こっちは本棚の隙間に・・・といった具合に小さなものを隠す。
そのあと全く違う質問をいくつも出して「さっき隠した四角くて赤いものはどこへしまった?」という質問をして、その場所をちゃんと覚えているか、とか。
先生の手をまねて、グー、チョキ、手を一回叩いて指を組み合わせてくるっと回す、とか。

その中でもよく覚えているのは「お母さんの作ったカレーと、給食で食べるカレーはどっちが好き?」という質問だった。

普通なら真後ろに母親がいるわけだから、どんなに給食のカレーが好きでも気を使って「お母さんのカレー」と、答えるのが一般的、もし給食のカレーが好きと答えたとしても必ずわかりやすい理由がある。
友達と一緒に食べられるから給食のカレーが好き、とか、お母さんのカレーは甘すぎて嫌い、とか。

しかしたけさんはやはりそこが違う。
たけさんの答えは「どちらも同じ」だった。

どちらかというと?という問いに「じゃあ、お母さんのカレー」
どうして?「お家なら並ばないで食べられるから」

なかなかこのような答えを出す子はいない。

ひとしきり質問が終わり、たけさんは診察室のわきに作られた小さなプレイスペースで遊び始めた。
かわいいたけさんは、にこにこしながら与えられた「遊び時間」に満足げな様子だった。

私はというと、正直、他の子とは少し違うという事はわかっていたし、また療育に通ってしばらくすれば普通の、みんなと同じような子になれると思っていたので、身構えもせず先生の話を聞き始めた。

どのような順序で、どんな言葉で話したのかは実は何んとなくしか思い出せないのだけれど(とても早口で・・・)、自閉症スペクトラムの話をされ、彼がいるのは今、ココと図を描いてもらった。
それは、自閉症とそうでない人との中間的な領域を指していた。
そして様々な例を挙げて説明を受けた。
ものすごい才能を発揮する人もいるし、そうでない人もいる、とか。
犯罪を犯してしまうほどの人もいるし、そうでない人もいる、とか。

それは抽象的であまりに突拍子もなくて、私はただその言葉を脳内処理するのに必死だった。

そして先生の最終的な判断は「彼はとても頭がいいし、特別支援学級では物足りないであろう、病院に通って治療を受けるほどではない、しかしこれからも経過を見守っていく必要があり、それはまずお母さんがこの状態について勉強をして、通級に通って頑張って行って」というものだった。
そしてもう一度念を押された。
「お母さんが、頑張って」と。

それは、病院からも行政の支援からも突き放されて、この子の未来はあなたの手にかかっていると、そんな風に言われたような気分だった。

その言葉は、私にはとても重過ぎて、そして果てしなく大きなものだった。

たけさんは、にこにこと、笑っていた。

最後に、先生に一つだけ聞いた。

「この子の、この状態の事を、病名というか、なんと言えばいいんでしょうか」

「そうですね」と言ってメモに書いてもらった言葉・・・BAP。
「BAP(バップ)ですね。」

その、聞いたこともないたった3文字のローマ字が書かれた紙を、私はずっと見つめていた。

診察室を出て、待合の椅子に座り、私はただぼんやりとした頭でこれからの事を考えていた。
これからの事、これから彼はどうなって行ってしまうのだろう。
こんな私の非力な力で、どうやって彼を支えていけばいいのだろう。

おっとりしていて、のんびりしていて、いろんな事がとても遅い子だけど、大きくなれば、成長さえすれば、いずれきっと他の子と同じようになれると疑いもしなかった。

友達ができて、恋人ができて、いつか結婚して、孫の世話を頼まれて、そんなことが当たり前だと、いつか勝手に、そうなるものだと思っていた。

しかし今、私に突き付けられたのは「お母さんが頑張って」
私の努力次第で、彼の未来が決まるという事なのだろうか。

とてつもない孤独と、重圧がのしかかった。

たけさんは、いつもの穏やかな顔で、笑っていた。

病院からの帰り道、車の中でたけさんの好きなベイマックスの曲を、大きめの音量で流した。
そして、大きな声で歌いながら運転した。
とにかく、叫びたくて仕方がなかった。
ただ、ただ、叫びたかった。

私は、泣きたかったんだと思う。