私の仕事帰りに、近所の公園を通る。

15時過ぎの放課後、たけさんの同級生の男の子たちが自転車で集まって、なんだか楽しそうに遊んでいる。

 

私は、つい想像してしまう。

その輪の中にたけさんがいて、私が声をかける。

「チャイムが鳴ったらすぐ帰ってきなさいよ!」

たけさんは煙たそうな顔をして言う。

「あー、もぅわかってるよ!うるさいなー…。向こう行こうぜ。」

と、友達と去っていく…。

私は「まったくもう‼」と言って呆れた顔で帰宅する。

 

そんな場面を私は待ち望んでいた。

 

ごくごく普通な、そんな一場面。

 

私はそんな空想をしながら家へ帰った。

 

帰宅すると、たけさんは自分の部屋で宿題を終わらせて自宅学習のドリルに励んでいた。

「ただいま!」と声をかけた私に満面の笑みで「おかえりー!」と返してくれた。

私から促さないと、おやつも欲しがらず勉強を進めてしまう。

 

勉強熱心で、素直で、頑張り屋で、妹たちにも優しい、とてもいい子。

 

それなのに、私は何を望んでいるのだろう。

 

私は・・・家に帰るなりランドセルを放り投げて、友達と遊びに行って、チャイムが鳴ったら汚れて帰ってきて、とにかくごはんとお風呂と宿題を何とか終わらて…。

 

『男の子』の親ってそんなものだと思っていたし、それが普通で当たり前で…。

私はいつか、そんな日が来るものだと思っていた。

 

私は、ただ。

友達と仲良く遊んでいるたけさんの姿を待ち望んでいた。

 

しかしそれは、私の希望であって、たけさんの望む世界ではないのだと、私は思い始めた。

 

私が無意識のうちの望んでいた『普通』を彼に押し付けてはならないのだと。

 

たけさんが望む場所、たけさんが望むことを、できる限り私が支えて応援してあげること。

それが、母である私にしかできない、一番彼にとっていい方法なのだと。

 

私が子供たちに言って聞かせていることがある。

「お母ちゃんは、あなたの望むことならどんな事だって叶えてあげる。どんなことでも協力する。私の出来る限りの全てをしてあげる。あなたが本当に望んで、そこへ向かって一生懸命に頑張るのであれば」

 

そんな風に思わせてくれたのは、たけさんがいたから。

 

私は正直頑張るのも嫌いだし、それなりに、なんとなく過ごしていきたい。

でも、私が何かしら手を施して、努力さえすれば、頑張れば、子供たちの未来が少しでも変わるなら。

できる限りのことに手を尽くす方がいいと、私は思った。

 

たけさんの将来の夢は「物理学者」だそうだ。

「物理学者」がどんなものかはわからないけれど、彼の目指す道を、私はひたすらサポートしていくしかない。

 

発達障害が見られる子の中には、苦手な部分をカバーしようと、他の面で著しく有能な才能を発揮する子もいる。

たけにとっては、頭脳の発育がとても良く、その才能を生かすには、彼には特別な学習ができる環境を与えてあげることが一番だと思った。

たけさんもまた、将来どうするべきなのかを考えていた。

もう10歳にもなる彼は、自分がすでに他人と違うという事をよくわかっていた。

今の自分を取り巻く環境を変えて、自分で切り開く未来をどうしたら手にできるのかを模索していた。

 

私はたけさんに「小学校が終わった後はね、中学校というところに行くのだけれど、たくさんお勉強をして難しい『受験』っていうテストに受かった人だけが行くことの出来る、特別な中学校があるのだけど、そこへ行けば、もっとたけさんが知りたい事や、将来物理学者になる為に必要なことを学べると思うのだけれど、行きたい?」と聞いてみた。

 

たけさんはすぐさま、行きたい!と答えた。

 

「でも、同じ学年のお友達はほとんどその『特別な中学校』へ行かないかもしれないから、知らない人ばかりになっちゃうよ?それでも行きたい?」

と聞いてみた。

 

たけさんはそれでもいいと、頷いた。

 

そして私たちは中学受験を目指すことを決めた。

 
発達障害を、軽度とは言え抱えながら、私たちがこの道を選ぶべきだったのか、それが正しいのかなんてそんなことわからない。
 
彼が望む道を、私はただ、その道を目指す彼を、全身で支えていく。