コミュニケーションクラスに通い始めてそろそろ1年が経つ。
たけさんにとっては、なんだかご褒美のようなお楽しみの時間でもあるコミュニケーションクラス。
少人数で、ゲームを取り入れた楽しい授業で、先生が身近ですぐに答えてくれて、似たような仲間が集まるので、仲良くもなりやすいのだと思う。
それでも、運動会が近くなると、通級に通っていて運動会の練習がみんなよりも不足してしまうことを考慮して、この日とこの日はソーランの位置を決める大事な練習があるからコミュニケーションはお休みすると、自ら言ってきたことに驚いた。
自分のお楽しみを我慢して、好きじゃない運動会の練習も大事な所は押さえないといけないと、そんなことを理解できるほど成長したんだな。
そして運動会の日、ちょうど生徒席で座るたけさんと、私が陣取ったところがフィールド越しに真正面で、時々ビデオの望遠機能を使いながら、たけさんの様子を見ていた。
去年の運動会は、ちょっと波長の合わない子と近くで、結局その子を突き飛ばすほどに発展してしまった。
多分その子は、動きも遅いし空気も読めないたけさんにイライラしたのだと思うし、たけも普段はそういう乱暴な態度をとらないのに、運動会という特別なテンションでつい気が上がってしまったのだと思う。
その現場を目撃してしまった私は、とてもショックだったし、すぐに走って駆け付けて、「そんな事は絶対にしてはいけない事だ」と、言いに行かなければならなかった。
私は運動会が大好きで、とても楽しみにしていたし、心から楽しんでいた最中の出来事だった。
だからとても悲しかった。
でも今年の運動会は、終始周りの友達と仲良く話して、楽しそうにしているたけさんの姿を見ることが出来た。
4年生になってから、絵本の読み聞かせボランティアもなくなってしまって、学校に携われる機会が減ってしまったので、どんな学校生活を送っているのか不透明で分からなかったけれど、私の知らない間に、お友達と話ができて、笑ったり、返事ができたり、そんな事が出来る様になったんだな~と、心から嬉しく思った。
そう感じたのは運動会の時だけではなく、水泳教室に通っているのだけど、その時もほとんど妹とその友達としか話もしていなかったのが、見知らぬ男の子達と輪になって手遊びをしているのを見かけた。
こんなことが起こる日が来ると思わなかった。
たけさんは、なんとなく寄って来てくれた子と仲良くしてみるものの、結局たけさんがちょっと変わっていてめんどくさい子だとわかると、すーっと離れていってしまう。
最終的には「からかい」の対象としてたけさんへ攻撃をしてくる。
そんな事を繰り返して、たけさんは何度も「仲良し」を失ってきた。
たけさんは、自分から友達を作ろうとはしない、でも自分の所へくる子にはとても喜び歓迎する。
私にはそんな風に思えるし、たけさんに少しでも歩み寄ってくれる子には、当然私も優しく迎え入れてしまう。
そんな子が、ある日たけさんを攻撃する側に立っていると知った時は、とても苦しい思いと、憤りに襲われるけれど、私よりもたけさんの心に突き刺さった刃のほうが百倍痛いのだろう。
お友達と、笑いながら話している姿、そんなの当たり前と思うかもしれないけれど、私にとっては運動会の競技や演技の姿よりも、(もちろんその姿も嬉しくて感動したのだけれど)もうとても嬉しくて、忘れられない印象的な姿だった。
私がしてあげられることは本当に小さいけれど、コミュニケーションクラスでしっかり学んできてくれた恩恵だと、そう思った。
たけさんにとっては、なんだかご褒美のようなお楽しみの時間でもあるコミュニケーションクラス。
少人数で、ゲームを取り入れた楽しい授業で、先生が身近ですぐに答えてくれて、似たような仲間が集まるので、仲良くもなりやすいのだと思う。
それでも、運動会が近くなると、通級に通っていて運動会の練習がみんなよりも不足してしまうことを考慮して、この日とこの日はソーランの位置を決める大事な練習があるからコミュニケーションはお休みすると、自ら言ってきたことに驚いた。
自分のお楽しみを我慢して、好きじゃない運動会の練習も大事な所は押さえないといけないと、そんなことを理解できるほど成長したんだな。
そして運動会の日、ちょうど生徒席で座るたけさんと、私が陣取ったところがフィールド越しに真正面で、時々ビデオの望遠機能を使いながら、たけさんの様子を見ていた。
去年の運動会は、ちょっと波長の合わない子と近くで、結局その子を突き飛ばすほどに発展してしまった。
多分その子は、動きも遅いし空気も読めないたけさんにイライラしたのだと思うし、たけも普段はそういう乱暴な態度をとらないのに、運動会という特別なテンションでつい気が上がってしまったのだと思う。
その現場を目撃してしまった私は、とてもショックだったし、すぐに走って駆け付けて、「そんな事は絶対にしてはいけない事だ」と、言いに行かなければならなかった。
私は運動会が大好きで、とても楽しみにしていたし、心から楽しんでいた最中の出来事だった。
だからとても悲しかった。
でも今年の運動会は、終始周りの友達と仲良く話して、楽しそうにしているたけさんの姿を見ることが出来た。
4年生になってから、絵本の読み聞かせボランティアもなくなってしまって、学校に携われる機会が減ってしまったので、どんな学校生活を送っているのか不透明で分からなかったけれど、私の知らない間に、お友達と話ができて、笑ったり、返事ができたり、そんな事が出来る様になったんだな~と、心から嬉しく思った。
そう感じたのは運動会の時だけではなく、水泳教室に通っているのだけど、その時もほとんど妹とその友達としか話もしていなかったのが、見知らぬ男の子達と輪になって手遊びをしているのを見かけた。
こんなことが起こる日が来ると思わなかった。
たけさんは、なんとなく寄って来てくれた子と仲良くしてみるものの、結局たけさんがちょっと変わっていてめんどくさい子だとわかると、すーっと離れていってしまう。
最終的には「からかい」の対象としてたけさんへ攻撃をしてくる。
そんな事を繰り返して、たけさんは何度も「仲良し」を失ってきた。
たけさんは、自分から友達を作ろうとはしない、でも自分の所へくる子にはとても喜び歓迎する。
私にはそんな風に思えるし、たけさんに少しでも歩み寄ってくれる子には、当然私も優しく迎え入れてしまう。
そんな子が、ある日たけさんを攻撃する側に立っていると知った時は、とても苦しい思いと、憤りに襲われるけれど、私よりもたけさんの心に突き刺さった刃のほうが百倍痛いのだろう。
お友達と、笑いながら話している姿、そんなの当たり前と思うかもしれないけれど、私にとっては運動会の競技や演技の姿よりも、(もちろんその姿も嬉しくて感動したのだけれど)もうとても嬉しくて、忘れられない印象的な姿だった。
私がしてあげられることは本当に小さいけれど、コミュニケーションクラスでしっかり学んできてくれた恩恵だと、そう思った。