たけさんのために特製ドレッシングをつくってみた。
以前に買っていた「和風だしドレッシング」が無くなってしまい、どこのお店を探しても売っていなくて、多分廃盤になってしまったのだと思う。

和風だしがベースで、ドレッシング特有の酸味が無くて、かつおとか昆布がそのまま具材に入っていて、冷ややっこにもよく合うとてもおいしいドレッシングだった。

たけさんは特に野菜が苦手で、煮たり焼いたりしても上手に摂取できなくて、和食好きなたけさんに試しにサラダで使ってみたところ、これなら生のレタスも食べられる!と、とても重宝していた。

発達障害の子に、味覚にもとても敏感な子がいることはあまり知られていない。

とくに、小さい子は野菜が苦手なのは世間でもよく知られているけれど、それにはメカニズムがあって、人間は本能で苦い味を嫌う性質がある。
なぜなら毒があるかもしれないから。

子供のうちは特に味覚が敏感で、ほとんどの野菜には苦みがあり、嫌うのは当然の本能である。
でも大人になるにつれ、それには毒性がなく体にも善いという知識を身に着けていくことで、食べられるようになったり、好きな味になったりする。

幼い子が体の健康を気遣って自ら野菜ばかり食べるなんてことはあり得ないし、生のピーマンを好きだからと言って大量に食べる子は反って病気だと、私の尊敬する料理家の方が言っていた。

確かにそうだと思う。

発達段階に何らかの問題がある子は、もちろん味覚にも遅れが出るであろうし、その場合いつまでも野菜の苦みが不得意の子もいるし、味覚事態に何らかの異変をもっている子は、万人がおいしいと感じるものを受け付けられないこともある。

例えば、日本人が大好きなお米だって、砂を嚙むような感触になってしまうこともある。
毎日砂を噛むような感覚に襲われながら食事をしなければならないとしたら、それはとてつもなく辛い。

でも、周りから見たらそれが、ただの食わず嫌いとか、我がままに感じてしまうことが多い。

本来食べる事は、人として必要不可欠である以上に、美味しいと感じる幸せをもたらす行為だと私は思う。
それを、理解のない人の言葉で傷つきながら、無理矢理苦痛の中で食べわなければならないなんて、それはとてつもなく悲しい事。

偏見や無知は凶器。
言い過ぎかもしれないけれど、毎日食事に砂を出されて、みんな食べてるのにどうして食べられないのかと責められたとしたら、それは凶器以外の何物でも無い。

とはいえ、好きなものばかり食べていては健康とはいえないので、そこに工夫が必要になる。
それが、たけさんにとっての特製ドレッシング。
出汁と醤油と塩とオリーブオイルを混ぜただけのシンプルなものだけれど、これで苦手な野菜を食べることができるとわかった。

発達障害は、ほんの少しのサポートと工夫さえあれば、そして知識と理解さえあれば。
それさえあれば相手も本人も、周りもうまくいく、それだけでいいのにと、私は思ってる。