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毎日が実験。人の気持ちがわかる人になるブログ

人の気持ちがわかるようになりたい人に教えています。
趣味はビールを飲むことと、和服を着ることと、自分の子を観察すること。
聴くチカラ検定の開発担当。

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母と、娘2人ともりあがっていたら、
お寿司屋さんで飲んでた父がおみやを持ってきてくれました♡

夜中のお寿司。
わたしもこどものころ、
歓喜して食べたなあ^^


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コラム
気づきをもたらすママメンター、霜丘麻依です。

前回は、親の呪いを子どもに引き継がないという記事を書きました。

自分の中にある頑固な思い込みのことを
イラショナルビリーフ(非合理な信念)といいます。

「こうあるべき」
「絶対これが正しい」
という、優しく言えば本人の「美意識」。
人に押しつけると、とたんに、相手も自分も苦しくなる、
自分だけの強い思い込み。

今までそれで生きていくのが自分の処世術だったので、
つい当たり前と思って子どもに押しつけてしまうってこと、
ありますね。

夫も子どもも、とても身近な存在なので、
少しでも自分にとって不都合だったら反発したり、
消極的になって、
不和の元になることもあるかもしれません。

わかっていても、
考えを変えるのは難しいです。

別の考えを採用するには、
自分が何にとらわれているかをはっきり特定しないといけないのですが、
そもそもそれがわからなかったりします。

表面的にはわかる。
でも根本がわからない。
これもありますね。余計モヤモヤします。

心理療法では、思い込みを特定するのにはいくつかやり方があります。
大きく分けると、
まず現実に起こっている問題から、一歩一歩ふりかえって思い込みを見つけていく方法。
これが認知行動療法です。

これは、病院でも採用されているある意味科学的な方法です。
病院で医師の診察のもとやってもらえれば、保険もきいちゃいます。

私にもできます。
その場合、病院の外の相談室でやるので、
保険はききません。

もともとセルフヘルプの方法ですから、
やり方を本などで学ぶことも可能です。

表面的な問題よりも、いきなり核心を探るという考え方もあります。
これは論理療法、最近ではREBT療法っていうんですが
私は論理療法という呼び方のほうが好きです。

やることは似ていますが、たどる道筋が違うんですね。

うちのNPOで、
メニューに論理療法を組み込むまでのあいだ、
アメブロでモニターさんを募集しようと思っています。

電話・スカイプでも対応できるようにしますので、
今後ともブログをチェックしていただけると嬉しいです。

論理療法についてのコラムも、また書きますね^^

元のコラム記事を読む

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もはや旧名称となってしまった論理療法。
でも、わかりやすいしぴんとくる。
新しい呼び方よりもね。

アメリカのものを日本に持ってくる、
そのときのネーミング本当に大事なんだなあ。

私は、「論理的に」考えるっていうセンス好きだけど、
多くの人の支持は得られなかったから名称変更したんだろうし。
新しい名前〈REBT〉も、全然認知されてる気がしないわ。。。^–^;

インターネットで検索されるというときには、
アルファベットの頭文字ってだいたいダメね。
AKBは、ちゃんと計算されてるけど、
そういうの(マーケティングね)疎いっていうのがバレバレで残念すぎ。

ってことで、私は旧名称+一般キーワードでSEOいっとこうかと、
もくろんでいるのですよ♡


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コラム
気づきをもたらすママメンター、霜丘麻依です。

先日飲み会で、
「母親から受けた呪いの言葉」の話になりました。

話してくださったのはうちのスタッフさんで、
私の取ってはとっても尊敬する、
先輩ママでもある方。

呪いといってもこわい雰囲気は全くなくて、
さらっと、愉快なテイストでしたけど、
それは彼女がきっちり親への乗り越え・受容を果たしているからできたことだと思います。

お話の発端は、ママ本人は運動が苦手と長年思ってきたのに、
お子たちがとっても運動が得意ということでした。

彼女は、実のお母さんから、
「あなたは鈍いから」とずっと言われてきて、
自分でもずっとそうだと信じてきたそうです。
でも大人になって、どうもそうじゃないときもある、
ということが何回もあったのね。

運動が苦手で、
コンプレックスもあったし楽しめないことがたくさんあったのでしょう。
でもそれが、もしかして母の思い込み=呪いだったのかも!
と思い至り、
お子たちには「あなたはできない」という呪いの言葉は絶対に言わないようにしているそうです。

できたら、嬉しさを共有して励ます。
できないときは、そんなときもあるよね、とさらっと流す。

そんな、子どもへの向き合い方はとっても自然で、
ニュートラル。
お子たちはもちろん、のびのびと育っています。

親を乗り越える、
というのは、
実は、
親を信じてきた自分自身を疑ってみるということです。

これがなかなか難しい。

呪いという表現のうまいところは、
呪われている時はそれに気づかないところなんですよね。

親への反発を心に残しながら、
どんな呪いなのかわからない状態には、
それなりの理由があります。

何かの拍子で、
話してくれた彼女みたいに気づけることもあるけど、
けっこう痛みをともなうことも多いのです。
かなり大人になってしまってからは、特にね。。。

気づいて抜け出してみたら、呪いだったんだけど、
中にいる時は自分を守ってくれる鎧のようなものでもあったりして。
「わたし」を守るために、親が着せてくれた鎧。

なんだか鉢かづき姫みたいですね。

子どもを育てていく中で、
悩みが大きくなるのは、
もしかしたら親からよかれとおもって、
鉢なり呪いなりをかぶせられてるかもしれないです。

この記事のタイトルが気になって、
ここまで読み進めてくれた人は、
もううすうす、
そうってわかっているのかも。

親の呪縛をといて、
もうちょっと気楽に子育てできたらいいなって思われたら、
ご相談に乗らせてくださいね。

自分の中のネガティブな思い込みに気づく方法について、
次回に書こうと思います。


元のコラム記事を読む

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下の子ができたとき、
最初できるだけ姉妹を公平に育てなければと思って
勝手にプレッシャーを感じていた。

きょうだいって、奪い合い、
競争して、憧れと劣等感をお互い強烈に感じ合うものだって、
けっこう思い込んでいたから。。。

長女にはできていたことが次女にはしてあげられてなくて、
その結果として二人があまりにも違っていることで
たまに心底びっくりしたり、
勝手に申し訳なく思ったりもしていた。

でもよくよく、
ほんとによくよく考えるのがスキでね、

よくよく考えてみたら、
別に同じにしてあげる必要なんてない。
お姉ちゃんに比べて「足りない」ところなんてない。

むしろ、ゆき届いた育児、ではない
ほどほどにほっとかれる育児だからこそ、
彼女はのびのび自分を表現するようになっているようにも見える。

生まれる家も、
生まれる順番も、
本人が選んで生まれてきているって教えてくれた人がいたの。

うちの子はうちを選んで生まれてきてくれた。

長女は、1人目でがっつり両親を独り占めしたのち、
下にきょうだいができるというポジションを選んで。

次女は、両親とお姉ちゃんの3人に、
思った通りの自分をいっぱいぶつけられるという
ポジションを選んで。

親子って、
自分のいのちをつかって一生懸命生きることで、
お互いがお互いにとって一番大事なことを学び合う存在らしい。

だからどのお母さんも、
いまの子育てが正しいとか間違ってるかとかはなく、
お互いが学んでいる途中ということになる。

自分が納得がいく子育てを一生懸命追求すればそれが一番いい。

・・・だからちび子よ、
お姉ちゃんだけDSあってずるいとか、
そういうことじゃないからね!