子供への虐待が毎日ニュースでながされ、本当に悲しく思います。自分の子供にあんなひどいことをするなんて。

虐待をしている親は、自分がいろいろな社会生活の中でストレスにあっているのでしょう。親がそのストレスを子供を吐け口にしているだけなのです。守ってあげるべき親が、自分の子供に暴力をふるうことは昔はほとんど考えられないことでしした。もし、核家族ではなく、お爺さんやお婆さんが一緒に同居していたら、また違う展開になっていかたもしれません。


最近ブログにも書きましたが、その子供や親への横や縦へのつながりが多くなるからです。多くのつながりがある人は精神的にも安定し、感情を爆発させる可能性は低くなると思います。


私は1年に1度実家に帰省し、両親と会いますが、やはり、自分の心の安定間がちがいます。もちろんそれだけでな

なく、自分のよく知っている環境が近くにあるからでしょうけど、親自体が精神的な不安点な感じをもっているなら、田舎のある人は少しでも。里帰りをするとよいかもしれません。心がリフレッシュして、またやる気がでてくると思います。


親がしらないことをお爺さんやお婆さんが、孫に教えたり、また3世代の交流を持つこと自体が大切なことなのです。 

大学時代に英語の授業で、授業の教科書の中から自分が好きなテーマを考えて論文(というか作文)を書いてきなさという宿題がでました。


私は「LOVE」というたったひとつの単語をみつけて、「愛」をテーマに書きました。以下はその概要です。


「泣いている小さい子供をあやすためには抱き寄せてかわいがりますが、もしその子供が1人で自由にあそんでいるときに無理やり抱っこしようとするとかえってその子は嫌がります。愛という名のもとにいつもべたべたするのがほんとうの愛ではなく、チョット離れたところから見守るのも愛の一つです。」


といういうような内容を書きました。それが担当の先生にウケて、全員の前で読まされました。(*^_^*)

ちょっとはずかしかったですが、自分の本音を書いたのです。


ちょうど子供のカウンセリングにHELPとSUPPORTということがを今日みつけました。HELPは子供に変わってすべてのことを親が面倒をみることですが、SUPPORTはあくまで子供が主体で親は支援する立場です。


一定以上育ったこどもたちまでHELPをしようとしていませんでしょうか?


おなじことは男女の間でもいえます。愛するが故にその人を独り占めにしたい。その結果すべてHELPしようとしますが実際にそれをうけた相手は、逆に相手を疎ましく思うにちがいありません。近づきすぎず、かといって離れすぎない

距離を保つことが必要なのだと思います。



私は遠藤周作が好きです、生前のころから小説や、エッセイをよんできました。その中の印象に残っていることの中に、「人生を選ぶか生活を選ぶか」という題目がありました。


たとえば、ある男性と結婚したい女性がいます。しかし、男性は、芸術家です。生活するのも困っています。しかし女性は男性のことを愛しています。 もう一方で裕福な男性との縁談があったとします。


あたながその女性ならどちらをえらびますか? とうようなことです。


もうひとつ例をあげると自分の仕事でもすきではないが、生活のためには働かざるをえないので、給料をもらうために働いている。でも本当は、作家になりたいと思っている というようなことです。


両方を選びたいと思うのは私だけではないでしょう。本当はどちらか一方と決めなくても両方好きでもよいと思います。どちらにするのか白黒はっきりすることが美徳のようにいわれていますが、かならずしも片方に決めるめることができないこともあります。そんなときは両方すればよいのです。


嫌な仕事が本業かもしれませんが、自分のほんとうに好きなこと別にをやるのです。(別にもうかることでなくてよいのです)たとえば、ダンスとか、楽器を習う、小説を書くでもよいでしょう。


今、働いている会社は本音では自分のやりたいとではないけど生活のためには辞めるわけにはいかない。したがって、今自分が習っているダンスを土曜、日曜に練習し、3ケ月の一度の発表会で人前で披露するなど、いくらでも

方法があるのです。みなさんもやってみたいということを我慢しないでどんどんやってみましょう。それで新しい展開が広がる可能性がでてきます。なにもしなければ、何の可能性もありませんので.............