あの日からもう一年経ちました。 公園のベンチに座わり、2時46分に一人で祈りを捧げました。

公園には数名の親子連れがきていました。親子で楽しんでいる姿をみて、平凡な生活の中にこそ、幸せがあるのだと

感じます。



3月10日までいや、3月11日の2時45分まではすくなくとも、元気でいたはずでした。 それが一瞬で失われた。



幸せとはなんでしょうか? 会社で出世すること、お金持ちになること、素敵なひとと結婚すること、などいろいろありますけど。すべて、普段の生活が当たり前にできることの上に成り立ってます。


当たり前だと思っている家族との会話、当たり前だとおもっている、食事や、生活。あたり前の生活に幸せを感じ、

感謝する1日でした。





朝起きて天気がよく、すがすがし、ああいい気分。ご飯がおいしくてうれしい。ぐっすり眠れる。

楽しいことばかり起きる


など いろいろ幸運続きの人になるにはどうすればよいのでしょうか?


幸せの感度を上げることです


ええ そんなことできるの?とかそんなことしたって と追う声が聞こえそうなのですが、普段の生活の中で嬉しさを感じることがなければ、どんなにすならしい環境にいても幸せと思うことはないのです。


今日一日を振り返ってみてください。なにも楽しいこと、うれしいことがなかったですか?


子どもと一緒に遊んだ、掃除をしてすっきりした。歯医者で葉のクリーニングしてすっきりした。夕飯のときに

ビールがうまかった。 など当たり前とおもわれることなのですが、私しか経験できないことをしたのです

むしろ自分がしたというより。他の人と一緒の行ったことやなどのほうが多いかもしれません。

でも少しでも幸せと思えたら、それはしあわせなんです。毎日の小さい喜びや幸せを 感じることができるように

なれば、自然に運がよくなると思います。


毎日の日記や、家族との会話で、寝る前に今日の良かったこと 嬉しかったことを話したり書いたりする

習慣が、おおきな喜びをもたらしてくれるでしょう。



くるしくて、いやなことが、頭から離れないことがあります。まだやれることがあるなら、それを一生懸命やすべきでしょうが、現時点ではなにもできないことがあります。その場合は、もう結果を待つしかないので、その結果次第で次にどうするかをきめればようのです。

遺作

でもわかってはいても、どうして、その気になることが忘れられないことがあります。


私の場合こんなことをしています


- 1時間くらいジョギングする

  汗をかき、体が温まりますと否定的なことはかんがえなくなります。いままで悩んでき合たことが小さくかんじられることがあります。


- 前向きな言葉を繰り返す。

「ありがとう」「ツいてる」「しあわせ」「うれしい」「たのしい」 

などです最低1000回は声にだして言います


- 酒風呂+塩風呂に30分以上入る

  酒を500cc 以上 塩を、200G 以上入れます。

  体が温まり、すっきりします、


- 掃除する

 特に玄関と窓と水場

  玄関掃除 全体運です。ドアとたたきを拭き掃除

  水場はトイレ -> 有名ですが金運と健康運です

  窓 ->人間関係 および 未来への見通し、

  水場 ->自分の厄落としをスムーズに行う、風呂や、流し、洗面所の排水溝など

         これがつまると自分の体も浄化できないので、すっきりしません、



全部やるととても体も中駆れますが、すっきり感があり、翌日から心もすっきりするはずです。