昨年9月のいわゆるシルバーウィークに善光寺街道(旧北国街道)の追分から上田までの区間を歩いた記事、2日目に街道歩きを終えた後、上田駅に向かう途中に軽く(めっちゃ軽く)上田城を見に行ったおまけ記事です。実に通算で30本目そしてラストの記事となります。
今回の歩行ルートは↓。
前回の記事では善光寺街道(北国街道)の歩きを↓の地点で中断したところまでをご紹介しました(↓再掲)。
ほぼ真南方向の道沿いにある上田城を目指します。
すでに街道でも何でもないのですが、少し目を惹かれる民家がちらほらと見られました。
こちらのお宅は一階はかなり前に一度リノベされたのでしょうかね。
街道でもよく見た蔵造りの建物もけっこうな頻度であった気がします。
寄棟平屋のかなり大きな母屋と立派な二階建ての離れ。敷地も大きく詳細調べていませんが、この辺りの分限者のお宅と思われます。
お、もう城の二の丸エリアには入っているということでしょうね。
そういえば以前房総で久留里城に向かう久留里道を歩いた際にも「さんのまる薬局」というの見かけましたね(↓再掲)。懐かしいなあ。
何だかんだけっこう体力残量が少ないため、てれてれと歩いて行くと、上田城の入口近くに城の見取り図を元にした案内図があり、テンション「ヤヤアゲ」(⤴⤴アゲアゲはもう無理)。
さぁ、かなりヘロヘロですがレッツラゴー!いきなり城門の石垣が残っててGood!!
橋の上から空堀の下を激写。高低差はかなりのものです。
以前正月番組の『ブラタモリ』×『鶴瓶の家族に乾杯』で見た城門ですな。そしてけっこうな人出。
いきなり勇猛な太鼓の音が響きます。「!!」早速見に行ってみました。
陣太鼓、間近だとお腹に直接響きますね~。そして何より「かっけー!!」
帰宅後調べて見たところによると、これは信州上田真田陣太鼓保存会の方々による「第22回上田城太鼓まつり〈秋の陣〉」というイベントだったようです。いいところに来合せちゃったな(^^♪。
空堀。生々しく「城砦」感が感じられていいですねえ。
城門潜りますよ。
戦国時代にここ潜ろうとしたら矢とか弾丸の雨にやられたんでしょうね。
石垣はやっぱり萌えるなあ。
門を潜ると、、
奥は神社なんだ。
お参りする前に向かって左方向の石垣の高見から遠方を望みます。一時はあんなに大雨になったのに晴れてよかった(^^)。
そしてこの時の私には知る由もなかったのですが、単身赴任を終えて関西に戻られた街道ウォーカーのブロ友さんが、この日同じ上田で真田氏のお城を訪ねておられ、恐らく私のすぐ後くらいに上田城にもいらしたということを後に知りました(・・;)。一瞬、「もうちょっと長く居ればなあ」と思ったのですが、そういえばリアルには面識無いので仮にお会いしても認識できないですよね(^^;)。砥石城跡から上田市を一望されていたので、その時点でもしかしたら、ナノメートルレベルで視界に私が入っていた可能性もあります!(^^)!。
晴れてますが、雲はけっこう厚いので、なんというか元々終日雨だった天気予報と紙一重だった気がします。
さて眞田神社でお参りしますよ。無事に旅が終えられました。有難うございます<(_ _)>。
そしてろくに見物もしていませんが、少々本格的に疲労が出てきたのでもう帰ります。まだ小声レベルながら、体が「もうこれ以上体力使っちゃあかんよ」としきりに言ってます。
2日併せて40kmなんて中山道の頃は年がら年中歩いてた距離ですが、ちょっと色々劣化してきたかな?
城門を出たら駅に向かうのにまず東方向に進みます。こちらは旧上田市立図書館。
いい建物ですねえ。
Googleマップのナビ機能で、県立上田高校の横を通ってゆきます。すると、、
学校の外周にいきなり陣屋か城のようなお堀がΣ(゚Д゚)。
しかもこのお堀、ぐるっと向こうまで回ってますね。ただの水路じゃないですよ、絶対。
どう見てもお城っぽい堀だなあ。何だろう。
学校に、、城門!?実はこの辺りをグーグルマップで拡大すると分かるのですが、何とこの上田高校、上田藩主の居館跡なんだそうで、お堀が残っているのも納得です。
旅の終わりに良いお土産を頂けました(≧∇≦)。
上田市、一旦さらばです!
・・藩主の屋敷周りですから、かつて側近衆がお住まいだったんでしょうか。
立派な家も少なくないなあ、などと考えながら駅に向かいます。
駅近くの雅な建物などを見ながら進んで行くと
上田駅到着!駅にも六文銭!上田駅は中山道歩きで、和田宿へのアクセスのために一度宿泊したことがある懐かしさがあります(長久保まで「早駕籠」=タクシーを利用し長久保からバス)。
駅前のTally'sで軽く食べて、
14:30頃の新幹線で帰宅したのでした。
このまま第2回の旅の記録に入って行くので、チャンネルはそのままでお願いしますm(__)m。