『小さいおうち』 中島京子 | らんまるの街道歩き・暗渠散歩ブログ

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小さいおうち (文春文庫)/文藝春秋
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2、3年前の直木賞受賞作品の文庫化です。
ともかくも素晴らく、素敵な一冊でした、が感想です。

物語の大半は、戦前から戦中の時代を東京で過ごした
女中、主人公のタキちゃんの回想録の形式で進みます。
時折、タキの妹の孫である健史が、本で読んだ歴史観を
振りかざし、タキの首記の内容に茶々を入れて来ます。

赤い屋根の、素敵なポーチとステンドグラスが自慢の家の
時子奥様にタキは仕えています。奥様はタキを可愛がり、
タキもまた誰の目にも美しく、少女の無邪気さを残したままの
この奥様をとても慕っており、二人はそれこそ時には姉妹の
様に仲良く暮らします。

ご主人は玩具会社に勤めていて、常務まで出世しており、
穏やかで幸せな生活が続きますが、そんな中、ご主人の
会社にデザイン担当で入手してきた若者、板倉がそんな
生活に波紋を引き起こします。互いに惹かれあってゆく
時子奥様と板倉。

(この先はそこそこネタバレになりますのでご注意を)
やがて戦争がはげしくなり、板倉も戦争に召集されます。
召集される前日、タキの勧めで奥様は「午後一時に家に
来てほしい」という手紙をタキに託します。
タキの手記では、板倉がやってきて奥様と時間を過ごし、
二人の恋がそこで終わったとつづられています。

やがてタキも田舎の東北に疎開することになり、長く暮らした
東京の奥様の元を離れる事になります。一度だけ疎開先から
東京に戻る子供を連れてタキは東京に出向き、奥様と会う事が
でき、戦争が終わったらまた家に戻ってくる約束をし、また
東北に帰りますが、そのあたりでタキの手記は、「そうだ、ブリキの
ジープの話をしよう」という言葉を最後に急に途切れてしまいます。

物語の謎を提起し、且つ後始末をするのは手記の内容に
茶々を入れていた、健史の役目となります。ここでは既に
タキは亡くなっていますが、健史は「ブリキのジープの話とは
どういう話だったのか」、そして「最晩年のタキが顔をくしゃくしゃに
してあんなに泣いていたのはなぜなのか」が気になっており、
その謎を少しずつ解いてゆきます(その中で、「小さいおうち」
の意味も明らかになります)。

最後までネタバレをするにはもったいない作品なので、どんな
謎があったのかをここに書くのは差し控えますが、手記を通して
ずっとタキの心を見守ってきた読者としては、最晩年に悲しい
涙を流していたタキの心情が分かる気がして、涙が流れます。

ほぼ全編がタキの首記によって語られているため、謎のまま
残っている事柄も多いですし、タキはこう書いているけれども
本当はどうだったんだろうか?と思わせる部分もあり、色んな
意味でとても多くの余韻を残す作品で、読後数日経った今でも
未だに色々考えてしまいます。

そして、この物語同様に、戦争や時代の流れが、どれだけ
たくさんの人の大切なものを追い越してしまったのか、
どれだけ多くの物や人をこわしてしまったのかを考えると
非常に胸が痛くなります。

久しぶりに非常に深いお話を読んだ気がします。
余韻の深いお話を読まれたい方はぜひご一読を。

因みに 作中にも出て来る、バージニア・リー・バートンの
『ちいさいおうち』という絵本は実在するんですね。

ちいさいおうち (岩波の子どもの本)/岩波書店
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2013年2月15日(金)アップ