いつもありがとうございます。

 

人生は海のようですね。

 

波のように一気に色々なことが押し寄せ

て来たかと思えば、何事もなかったかの

ように一気に引いていく。

 

また押し寄せて、また引いて。

 

その繰り返しです。

 

嵐の時は大荒れになれますが、穏やかな

時もある。

 

押したり引いたり、荒れたり穏やかに

なったり。

 

色々なことが起きる時は、一気に押し寄せて

くるものです。

 

「小分けにしてきてくれたら良いのに」と

思いますが、そういうものじゃないと

いうことが少ない人生経験の中で

実感していることです。

 

特養で介護をしている時も、大変な時は

一気に大変になり、静かな時は一斉に

静かになるということの連続でした。

 

「順番に来てくれたら、もう少し丁寧に

できるのに」

 

と思いますが、なかなかそういうわけには

いかないのですよね。

 

嘆いていても仕方ないことですから

「そういうもんだ」と思って、サーファーの

ように乗りこなしていくしかないですね。

 

海が穏やか過ぎたらサーフィンをすること

ができません。

 

多少荒れているくらいがちょうど良いの

でしょう。

 

一度しかやったことがないのでよく分か

りませんが。笑

 

人生も何もなさ過ぎたら面白くないの

でしょう。

 

サーファーになったつもりで、

人生の荒波に挑んでいきたいですね。

 

さて、あなたは黄金律という言葉を

聞いたことはあるでしょうか。

 

ゴールデンルールとも言います。

 

別の時代、別の地域で同じようなことが

説かれました。

 

「自分がされて嫌なことは人にしない」

 

もう少し積極的な言い方になると

「自分がしてほしいように人にしなさい」

ということになります。

 

世界の四聖人と言われている方々が

釈迦、孔子、ソクラテス、イエス(キリス

ト)です。

 

地域も時代も別々ですが、このゴールデン

ルールを説かれました。

 

地域も時代も超えて言われていることなの

で、普遍であり不変のルールなのだろう

ということでゴールデンルールと言われ、

現代でも大切にされている考え方です。

 

日本では儒教や道徳等で学ぶだろうと

思います。

 

あるいは仏教を学ぶと習うかもしれませ

ん。

 

「人にされて嫌なことは人にしない」

「人にされて嬉しいことは自分から

人にする」

 

学生の頃に道徳か国語の授業かで

習いました。

 

ひねくれたところがあるので、「自分がし

てほしいことが、他の人にとって嫌な場

合はどうなるんだ」「皆んなが良いと

思っても自分は嫌だと思うことだってある」

と言って反発していました。

 

ちょっと、面倒なやつだったのです。

 

今でも面倒かもしれません。笑

 

素直で純粋無垢な子供心に還ることが大事だな

ということを、最近強く感じています。

 

例えば、悲しい時は慰めてほしいし、励まし

てほしい。

 

あるいは良いことをしたり、上手くいった時

は褒めてほしいし、認めてほしい。

 

失敗しても責めずに励ましてほしい。

 

素直になると、こういう感情が自然に湧いて

きます。

 

大人ぶって背伸びをすると「別に認めてもらわ

なくていい」「褒めてもらわなくて良い」「慰め

てもらわなくて結構です」「励ましなんていり

ません」

 

と、なるかもしれません。

 

それがひねくれているわけではなく、本当に

自然に、純粋な子供に戻ったとしてもそうな

ら良いのです。

 

最終的には、人から認められることは

手放していくことが必要です。

 

「努力すること自体が幸福だから努力する」

「人のために尽くすこと自体が幸福だから

尽くす」

 

こういう境地に立てるのが一番良いのです

が、これは段階だと思うのです。

 

私にも、まだまだまだまだ人から褒められた

い、認められたい、分かってほしいという想

いがあります。

 

そうであるならば、他の人に対しても自分がされて

嬉しいことをしていくことです。

 

褒められて嬉しいと思うなら他の人を

積極的に褒めることです。

 

落ち込んだ時に励ましてほしいと思うのな

ら、他の人が落ち込んでいる時に励まして

あげることです。

 

分かってほしいと思うのなら、他の人を分か

ってあげる、分かろうとしてあげることです。

 

始まりはいつも自分からです。

 

「これは甘えに繋がるんじゃないか」「堕落させ

るんじゃないか」「相手のためにならないので

はない」

 

そのように思うこともあるでしょう。

 

私はそういう風に思ってあえて与えないと

いうことをしてしまっています。

 

ただ、それは後から反省して修正すれば

良いのです。

 

基本的には人は他人に対して厳しすぎるくら

い厳しいものです。

 

それを自分の中で正当化してしまっているの

です。

 

「相手のため」

 

という免罪符を使って。

 

優しすぎるくらいでちょうど良いくらいです。

 

それでも相手の堕落や甘え、依存に繋がりそ

うな時は、そこで修正していけば良いのかな

と思います。

 

自分の基準で「優しすぎるかな」と思っても、

案外そんなことはなく、周りからは「厳し過ぎ

じゃない?」と思われているかもしれません。

 

優しすぎるくらいでちょうど良い。

 

これから取り入れていこうと思います。

 

何かヒントになることがあれば幸いです。

 

最後までお付き合いいただき、

ありがとうございました。

 

光の指針

 

~いちばんうれしい瞬間~

 

人間がいちばんうれしい瞬間は、人から優し

くされた瞬間ではないでしょうか。

 

だとすれば、自分もまた、つねに優しい人に

なろうではありませんか。

 

自分が人にそうされたいように、自分も人に

接しようではありませんか。

 

つねに優しき人として、生きていこうではあ

りませんか。