いつもありがとうございます。
あなたは数学は好きですか?
得意かどうかではありません。
好きかどうかです。
私は嫌いでした。
嫌いであり、苦手であり、つまらないもの
でした。
小学生までは算数でした。
中学に入って数学になりました。
都会の進学校と違い、田舎の学校でしたから
小学校は1クラス、中学校は2クラスです。
当時は小学校3つ、中学校は1つでした。
いまは統合されて、小学校も中学校も1つの
ようです。
中学受験なんてありませんから、小学校の頃の
テストはテストと呼べるようなものでは
なかったと思います。
全然覚えていないのですが、先生がいなくなっ
た途端に「教えて」と、よくできる友人に
答えを教えてもらっていた気がします。
ゆるーい学校です。笑
中学生になってからはキチンとした
テストでした。
大体、平均くらいの成績です。
高校になってからは別次元になったような気が
しました。
それでも平均点くらいでしたが、高校2年くら
いの時には、全く付いていけなくなりました。
高校3年の時は、7点を取って皆んなに自慢して
いました。笑
平均点が20点代の試験だったので難しい内容
だったとは思いますが、7点は自分でも衝撃
でした。
そのくらい数学が苦手だったわけですが、
今にして思うと、本当は嫌いだったわけ
じゃないのだろうと思います。
中学の頃はそこそこできていましたが、
高校で挫折をしました。
そう思っていました。
本当は違います。
本当に挫折して付いていけなく
なったのは小学生の頃です。
もっと言えば、小学校に上がる前
かもしれません。
小学2年生の頃、時計が読めなくて
母に泣きながら教えてもらった気が
します。
明確な記憶ではないのですが、
8を指しているのに40分というのが
理解できなくて泣いていたように
思います。
きっとその辺りから数字に苦手意識が
出てきたのだと思います。
小学生の頃にきちんと算数を理解しない
まま中学生になりました。
毎日出される宿題を欠かさず
提出していました。
勉強はその程度でしたが、授業と宿題
だけでテストは取れたのです。
ただ、肝心の理解はと言えば、
できていなかったでしょう。
理解せぬまま何となく正解していたのです。
方程式の意味も分かっていませんでした。
方程式を使わずに、力技で答えを出して
いましたが「方程式使う方が難しい」
と思っていました。
それは簡単な問題で方程式に慣れて、
方程式を使いこなすための練習だったの
だと思います。
それが分からなかったため、
答えが出れば良いと思っていました。
その積み重ねが、高校での挫折に
繋がったのです。
高校の勉強で挫折したら、高校の勉強を
頑張っても復活はできません。
分からなくなったところまで
戻るのです。
高校3年の勉強が分からなければ、
2年に戻り、1年に戻る。
高校1年の勉強が分からなくなったら、
中学3年、2年、1年と戻っていく。
中学の勉強が分からなければ
小学生にまで戻る。
「分かった気」になることを
捨てることです。
計算して答えが出せても、その意味が
分からないのなら、分かるところまで
戻るのです。
戻ったところから一つずつ理解を
深めていく。
当時とは違いますから、同じ速度では
ありません。
「ああ、そういうことか」か早く理解が
できるでしょう。
できないことを一つずつできるように
していく。
分からないことを一つずつ分かるように
していく。
そのように、分からないところから
戻って、やり直しをしていくことで、
今が変わってくるのです。
「本当は数学が好きになれたのだろうな」
と思います。
意味が分からないと楽しくありませんが、
意味が分かると楽しいものです。
意味が分かるまで問題を解かなかった、
粘らなかった。
そのままの状態で進級して、勉強を進めて
しまった。
その結果、何が理解できていて、何が理解
できていないのかが分からなくなった。
そして、全く付いていけなくなり
「数学は苦手」「数学は嫌い」という
思いだけが自分の中に残ってしまった。
そういうことなのだろうと思います。
数学だけに限った話ではありません。
人間関係でも同じことが言えるはずです。
どこから人間関係が上手くいかなく
なったのか。
どこからコミュニケーションが苦手と
なったのか。
その場面まで戻って、考え方や反応等を
やり直していくことが大事なことですね。
何かヒントになることがあれば
幸いです。
最後までお付き合いいただき、
ありがとうございました。
光の指針
~失敗は家庭教師~
自分の失敗や欠点に直面したときに、「何が
いけなかったのか。
何をしなければいけないのか」ということが、
他の人に教わらなくても自分自身で分かるので、
”家庭教師”が要らないのです。