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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和四年(2022)2月4日(金曜日)
通巻7207号
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(休刊のお知らせ) 週末(2月5日~6日)、小誌は休刊です。
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米国と距離を置き始めた湾岸諸国。欧米から中国へ乗換え
米はアジアピボット、欧州は原油節約し、EVとガス重視へ
***************************************
米国が中東重視からアジア重視へ基軸を転換させたのは、米国内のシェールガス開発などが勢いづいたため中東石油への依存度を減らし、輸出国となったからだ。
ちなみに2000年の米国とサウジの貿易額は206億ドルだった。
2020年に、それは210億ドルと二十年間に微増しただけだった。
対称的にサウジアラビアと中国の統計を見ると、中東、とくに湾岸諸国全体から中国は826億ドルの原油を買い付けていることが世銀統計から判明している。
2000年は僅かに31億ドルだった
2020年には671億ドルに撥ねあがっていた。およそ、20倍である。
2022年初頭、サウジアラビア、バーレン、カタール、オーマンの政府高官が北京を訪問した。湾岸諸国首脳が米国より中国を重視している姿勢があらわになった。
一方で米国はサウジアラビアに対してイエーメンとの戦闘をやめるよう勧告し、またハウシをテロリストリストから外した。サウジは静かに怒ったようだ。
中国は監視カメラやハイテクの通信機器、防諜装置などを湾岸諸国に提供し、彼らの反政府運動監視に全面協力をなし、ますます米国との関係に楔を打ち込んできた。
□○◎○☆み○◎○や○☆△○ざ☆○◎☆◎き◎△☆□
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(休刊のお知らせ) 明日2月5日と6日は、小誌、休刊となります。
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★★
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書評 しょひょう BOOKREVIEW 書評 BOOKREVIEW
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自由とは保守与党に組みすることではない
権力と最後まで闘ったジャーナリストの猛者がいた
♪
小野耕資『陸褐南 (筆一本で権力と闘いつづけた男)』(K&Kプレス)
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
国粋主義、福沢の論敵、自由主義を日本流に解釈し、身を粉にして唱えつづけ、他方では子規や佐藤紅緑や、長谷川如是閑を育てた陸褐南(くがかつなん)は赤貧に死す。
有名な逸話は正岡子規を預かり、生活から療養費、葬儀まで面倒を見たことだろう。天才の俳人、その才能を見出したのは夏目漱石だが、その活躍の紙面を与え、自由に書かせたのは陸褐南(褐は「羊」篇)だった。子規は終生恩人として敬愛した。
陸褐南の名を現代日本人で知る人は少ないだろう。
かつては丸山真男も司馬遼太郎も注目した。同期には志賀重昂、中江兆民、杉浦重剛、三宅雪嶺ら錚々たる明治の言論人がおり、後輩には山路愛山、佐藤紅緑ら、最後まで生活の面倒を見たのが正岡子規。
論敵は福沢諭吉だった。西洋かぶれと誤解したのだろう。
政治家で支援者は谷千城、品川弥次郎、近衛篤麿、三浦悟楼らが居た。とくに谷千城ほど波瀾万丈の豪傑は稀だが、軍人から政治を志し、陸の『日本』を強く支援した。谷が国粋主義に転じたのは西欧を見て、自らを反省したからで、軍人生活から政治に人生を変えた。貴族院議院、学習院院長を拝命した。この国粋主義の風雲に、陸褐南と知り合って、胴元の一人となった。
陸褐南が主催した新聞「日本」が、最初に社会認知されたのは条約改正に反対の言論だった。
明治二十二年、大隈重信系といわれた『郵便報知新聞』が改正を是とするキャンペーンを始め、『東京公論』(星亨系)と『東雲新聞』(主筆・中江兆民)が反対論。「日本新聞」には反対派の論客・活動家が集結する一大ロビィとなった。
その甲斐あって(?)日本新聞は八回も発行禁止処分となった。結局は来島恒喜の大隈外相爆殺未遂事件で、条約は流れ、内閣は総辞職となった。来島は、その場で自刃した。
在野には頭山満、内田良平ら壮士たちが大活躍していた。
執筆の動機を著者の小野氏が言う。
「世は小泉純一郎内閣で構造改革の嵐が吹き荒れていた。(中略)弱肉強食的新自由主義路線にはどこかモヤモヤした違和感があった。これが正しい日本の方向性とはどうしても思えなかった。そんな時に陸褐南を知り、雷に打たれたような衝撃を受けた。今後の日本の目指すべき政治、言論の在り方を示して貰ったような気がしたのだ。褐南の同胞愛の精神、それこそが現代日本人にかけている精神ではないだろうか」。(114p)。
陸褐南は詠んだ。
真弓にも 征矢にもかえて とる筆の あとにや我は 引き返すべき
『梓弓』ではなく真弓である。
梓弓は神事儀式に用いられ、和歌では枕詞。真弓は戦闘用の箭に転用できる。
新聞『日本』は明治二十二年から八年間で三十回、合計二百三十日もの発行停止処分をうけるほどの反権力ジャーナリズムであった。国粋主義、自由主義だが、政府に絶対に阿らなかった。だが停刊は収拾源を直撃するから経営は至難の技となり、あちこちに借金を重ねた。
この反権力の姿勢が甦った。
陸褐南の精神を継続せんとして、南丘喜八郎氏が『月刊日本』を創刊して、はや四半世紀。その発行元のK&Kプレスが本書を刊行したのも陸褐南のもつ磁力に引きよせられた縁だろう。
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS
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♪
(読者の声1)クリスマスの商業化はアメリカに始まったというが、昭和30年代の子供の頃は靴下のプレゼントとクリスマスケーキの日だった。当時の大人にとっては銀座で大騒ぎする時代だったらしい。
アジアでもフィリピンなど10月ともなればクリスマスを考えソワソワし、12月にはクリスマス一色。タイでも12月にはショッピングモールにツリーが飾られデパートからコンビニまでサンタの衣装であふれることになる。日本と違うのはツリーが年が明けても撤去されず、たいていは2月の中国正月まで使われる。それでもお祭り騒ぎ(バカ騒ぎ)では4月のソンクラーン(タイ正月)に到底かなわない商業イベントにすぎない。
ユダヤ系金融の総本山とも言うべきロンドン。ディケンズの小説「クリスマス・キャロル」は1843年に書かれた。1970年のミュージカル映画(Scrooge)は中学時代。単なる強欲な守銭奴と思っていたがどう考えてもユダヤ人の話。英語サイトを見たらエベニーザ・スクルージ(Ebenezer Scrooge)という名前が典型的なユダヤ人とある。
改めて見直したがやはり面白い。
クリスマスイブの夜に商店や露天商、人形芝居にまで借金を取り立てに行く。原作では共同経営者であるジェイコブ・マーレイ(こちらもユダヤ人名)の葬儀においても、彼への布施を渋り、まぶたの上に置かれた冥銭を持ち去るほどの強欲ぶり。欧州には冥銭や地中海地方の邪眼などキリスト教と関係ない迷信・習俗も多いが、キリスト教は欧州各地の土俗を取り入れたから聖書と矛盾することも多いし矛盾の塊ともいえる。映画は強欲を戒め慈善と隣人愛と感謝の気持ちで人生を謳歌することを強調するが、改心したスクルージが山のようなプレゼントを用意するところなど商業主義でもある。
戦前のユダヤ研究家の本によるとユダヤ教の寺院では重要な宗教行事ともなると座席は入札で金持ちが前列に座ることになる。
航空会社の座席が繁忙期に高くなるのと同じ、一種のオークションだが、何ごとも金力がものをいう。商業的ユダヤ人としてはクリスマスで儲け、宗教的ユダヤ人としてはクリスマスに反対する。スクルージは19世紀の改宗ユダヤ人として映画では1860年の設定になっている。南北戦争と明治維新が同時期なのは武器商人の視点にたつとリビアや中央アジアの革命さわぎが同時期なのと同じかもしれない。強欲な金貸しのスクルージをロスチャイルドを筆頭とするユダヤ金融の暗喩として描いた映画と見るのは勘ぐりすぎかもしれない。
20世紀後半の映画なのでクリスマスツリーも赤い服のサンタもでてくる。三人の幽霊に導かれ、過去・現在・未来の自分の姿を見せられ改心するが、英国のクリスマスらしく飲んで歌って踊ってと賑やか。あの世の描かれ方が日本人にとってまったく違和感がない。オスカー・ワイルドの「幸福な王子」も日本で人気があるが、ツバメが王子とともに天に召されるとかキリスト教としておかしくはないか、などと考えるのは野暮というもの。
欧米では今でもペットに遺産を残す金持ちがいるしスコットランドやアイルランドは妖精で有名。英国はオカルト好きでもありハリー・ポッターの国なのだ。
貧困にまみれた少年時代を過ごしたディケンズ。産業革命期のロンドンを描いたこの小説が書かれた時代のアメリカ、清教徒の末裔がつくったニューイングランドでは1856年にクリスマスが合法化されるまでクリスマスの日に仕事を休むと罰金だったという(連邦政府の祝日になったのは1870年)。
こうした土壌でユダヤ人がつくったエホバの証人だとかユダヤ人団体はクリスマスに反対し、公立図書館から反ユダヤ的と勝手にレッテルを貼った書籍の撤去を要求する。アメリカは面倒な国になったものですが、LGBTに汚染されることのなかった時代の映画を見るのも良いものです。
蛇足ですが、映画では大きな七面鳥がで…
[続きはコチラから]
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米国と距離を置き始めた湾岸諸国。欧米から中国へ乗換え
米はアジアピボット、欧州は原油節約し、EVとガス重視へ
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米国が中東重視からアジア重視へ基軸を転換させたのは、米国内のシェールガス開発などが勢いづいたため中東石油への依存度を減らし、輸出国となったからだ。
ちなみに2000年の米国とサウジの貿易額は206億ドルだった。
2020年に、それは210億ドルと二十年間に微増しただけだった。
対称的にサウジアラビアと中国の統計を見ると、中東、とくに湾岸諸国全体から中国は826億ドルの原油を買い付けていることが世銀統計から判明している。
2000年は僅かに31億ドルだった
2020年には671億ドルに撥ねあがっていた。およそ、20倍である。
2022年初頭、サウジアラビア、バーレン、カタール、オーマンの政府高官が北京を訪問した。湾岸諸国首脳が米国より中国を重視している姿勢があらわになった。
一方で米国はサウジアラビアに対してイエーメンとの戦闘をやめるよう勧告し、またハウシをテロリストリストから外した。サウジは静かに怒ったようだ。
中国は監視カメラやハイテクの通信機器、防諜装置などを湾岸諸国に提供し、彼らの反政府運動監視に全面協力をなし、ますます米国との関係に楔を打ち込んできた。
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国粋主義、福沢の論敵、自由主義を日本流に解釈し、身を粉にして唱えつづけ、他方では子規や佐藤紅緑や、長谷川如是閑を育てた陸褐南(くがかつなん)は赤貧に死す。
有名な逸話は正岡子規を預かり、生活から療養費、葬儀まで面倒を見たことだろう。天才の俳人、その才能を見出したのは夏目漱石だが、その活躍の紙面を与え、自由に書かせたのは陸褐南(褐は「羊」篇)だった。子規は終生恩人として敬愛した。
陸褐南の名を現代日本人で知る人は少ないだろう。
かつては丸山真男も司馬遼太郎も注目した。同期には志賀重昂、中江兆民、杉浦重剛、三宅雪嶺ら錚々たる明治の言論人がおり、後輩には山路愛山、佐藤紅緑ら、最後まで生活の面倒を見たのが正岡子規。
論敵は福沢諭吉だった。西洋かぶれと誤解したのだろう。
政治家で支援者は谷千城、品川弥次郎、近衛篤麿、三浦悟楼らが居た。とくに谷千城ほど波瀾万丈の豪傑は稀だが、軍人から政治を志し、陸の『日本』を強く支援した。谷が国粋主義に転じたのは西欧を見て、自らを反省したからで、軍人生活から政治に人生を変えた。貴族院議院、学習院院長を拝命した。この国粋主義の風雲に、陸褐南と知り合って、胴元の一人となった。
陸褐南が主催した新聞「日本」が、最初に社会認知されたのは条約改正に反対の言論だった。
明治二十二年、大隈重信系といわれた『郵便報知新聞』が改正を是とするキャンペーンを始め、『東京公論』(星亨系)と『東雲新聞』(主筆・中江兆民)が反対論。「日本新聞」には反対派の論客・活動家が集結する一大ロビィとなった。
その甲斐あって(?)日本新聞は八回も発行禁止処分となった。結局は来島恒喜の大隈外相爆殺未遂事件で、条約は流れ、内閣は総辞職となった。来島は、その場で自刃した。
在野には頭山満、内田良平ら壮士たちが大活躍していた。
執筆の動機を著者の小野氏が言う。
「世は小泉純一郎内閣で構造改革の嵐が吹き荒れていた。(中略)弱肉強食的新自由主義路線にはどこかモヤモヤした違和感があった。これが正しい日本の方向性とはどうしても思えなかった。そんな時に陸褐南を知り、雷に打たれたような衝撃を受けた。今後の日本の目指すべき政治、言論の在り方を示して貰ったような気がしたのだ。褐南の同胞愛の精神、それこそが現代日本人にかけている精神ではないだろうか」。(114p)。
陸褐南は詠んだ。
真弓にも 征矢にもかえて とる筆の あとにや我は 引き返すべき
『梓弓』ではなく真弓である。
梓弓は神事儀式に用いられ、和歌では枕詞。真弓は戦闘用の箭に転用できる。
新聞『日本』は明治二十二年から八年間で三十回、合計二百三十日もの発行停止処分をうけるほどの反権力ジャーナリズムであった。国粋主義、自由主義だが、政府に絶対に阿らなかった。だが停刊は収拾源を直撃するから経営は至難の技となり、あちこちに借金を重ねた。
この反権力の姿勢が甦った。
陸褐南の精神を継続せんとして、南丘喜八郎氏が『月刊日本』を創刊して、はや四半世紀。その発行元のK&Kプレスが本書を刊行したのも陸褐南のもつ磁力に引きよせられた縁だろう。
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(読者の声1)クリスマスの商業化はアメリカに始まったというが、昭和30年代の子供の頃は靴下のプレゼントとクリスマスケーキの日だった。当時の大人にとっては銀座で大騒ぎする時代だったらしい。
アジアでもフィリピンなど10月ともなればクリスマスを考えソワソワし、12月にはクリスマス一色。タイでも12月にはショッピングモールにツリーが飾られデパートからコンビニまでサンタの衣装であふれることになる。日本と違うのはツリーが年が明けても撤去されず、たいていは2月の中国正月まで使われる。それでもお祭り騒ぎ(バカ騒ぎ)では4月のソンクラーン(タイ正月)に到底かなわない商業イベントにすぎない。
ユダヤ系金融の総本山とも言うべきロンドン。ディケンズの小説「クリスマス・キャロル」は1843年に書かれた。1970年のミュージカル映画(Scrooge)は中学時代。単なる強欲な守銭奴と思っていたがどう考えてもユダヤ人の話。英語サイトを見たらエベニーザ・スクルージ(Ebenezer Scrooge)という名前が典型的なユダヤ人とある。
改めて見直したがやはり面白い。
クリスマスイブの夜に商店や露天商、人形芝居にまで借金を取り立てに行く。原作では共同経営者であるジェイコブ・マーレイ(こちらもユダヤ人名)の葬儀においても、彼への布施を渋り、まぶたの上に置かれた冥銭を持ち去るほどの強欲ぶり。欧州には冥銭や地中海地方の邪眼などキリスト教と関係ない迷信・習俗も多いが、キリスト教は欧州各地の土俗を取り入れたから聖書と矛盾することも多いし矛盾の塊ともいえる。映画は強欲を戒め慈善と隣人愛と感謝の気持ちで人生を謳歌することを強調するが、改心したスクルージが山のようなプレゼントを用意するところなど商業主義でもある。
戦前のユダヤ研究家の本によるとユダヤ教の寺院では重要な宗教行事ともなると座席は入札で金持ちが前列に座ることになる。
航空会社の座席が繁忙期に高くなるのと同じ、一種のオークションだが、何ごとも金力がものをいう。商業的ユダヤ人としてはクリスマスで儲け、宗教的ユダヤ人としてはクリスマスに反対する。スクルージは19世紀の改宗ユダヤ人として映画では1860年の設定になっている。南北戦争と明治維新が同時期なのは武器商人の視点にたつとリビアや中央アジアの革命さわぎが同時期なのと同じかもしれない。強欲な金貸しのスクルージをロスチャイルドを筆頭とするユダヤ金融の暗喩として描いた映画と見るのは勘ぐりすぎかもしれない。
20世紀後半の映画なのでクリスマスツリーも赤い服のサンタもでてくる。三人の幽霊に導かれ、過去・現在・未来の自分の姿を見せられ改心するが、英国のクリスマスらしく飲んで歌って踊ってと賑やか。あの世の描かれ方が日本人にとってまったく違和感がない。オスカー・ワイルドの「幸福な王子」も日本で人気があるが、ツバメが王子とともに天に召されるとかキリスト教としておかしくはないか、などと考えるのは野暮というもの。
欧米では今でもペットに遺産を残す金持ちがいるしスコットランドやアイルランドは妖精で有名。英国はオカルト好きでもありハリー・ポッターの国なのだ。
貧困にまみれた少年時代を過ごしたディケンズ。産業革命期のロンドンを描いたこの小説が書かれた時代のアメリカ、清教徒の末裔がつくったニューイングランドでは1856年にクリスマスが合法化されるまでクリスマスの日に仕事を休むと罰金だったという(連邦政府の祝日になったのは1870年)。
こうした土壌でユダヤ人がつくったエホバの証人だとかユダヤ人団体はクリスマスに反対し、公立図書館から反ユダヤ的と勝手にレッテルを貼った書籍の撤去を要求する。アメリカは面倒な国になったものですが、LGBTに汚染されることのなかった時代の映画を見るのも良いものです。
蛇足ですが、映画では大きな七面鳥がで…
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