國木田独歩の英文注釈書(一) | 醒餘贅語

醒餘贅語

酔余というほど酔ってはいない。そこで醒余とした。ただし、醒余という語はないようである。

 国木田独歩の仕事のうち、変わったものとして英文の註解がある。全集第八巻に収められているが、一つはワーズワースの詩十篇足らず、もう一つは『三美人』という総題で収められたうちの一編、”Miss Flower in distress” である。前者が独歩の手になることは疑いがない。独歩がワーズワースを崇拝していたことは周知であるし、「病牀録」でも注釈書を書いたことを語っている。一方、『三美人』については疑問が持たれている。全集の解題も否定的だが、完全に否定する材料が欠如しているため収めたといったニュアンスである。独歩の作とする根拠はその書の奥付に国木田独歩著と記されていることのみのようである。


 ワーズワース注釈も『三美人』も同じ小川尚英堂の出版にかかり、「英文の友」というシリーズに含まれている。ただし、『三美人』がその第二巻であるのに対し、『自然の心』と題されたワーズワースの詩は号外となっている。


 全集編纂当時はこの二冊しか知られていなかったようである。中島健蔵による解題では、『三美人』の底本として石井満氏蔵本、及び山口県立図書館本を用いたとある。発行は明治三十五年六月八日、括弧中に再版、三版の発行日が記してあるということなので、第三版が底本なのであろう。発行日の次に著作者、国木田独歩となっている。これを疑う理由の一つは、内容が疎漏に過ぎることもあろうが、両書の巻末広告による所が大きい。ワーズワースの発兌は六月二十八日で『三美人』三版発行の七月五日に近いこともあり、相互の広告記事があるのだが、『三美人』巻末広告では『自然の心』の著者として独歩の名を明示しているにもかかわらず、『自然の心』の巻末広告では『三美人』の著者名を挙げていない。


 全集発行当時はそれ以上の追及はできなかったものと思われるが、現時点で調べてみると号外のほかに刊行された第六巻まで国会図書館にあることが分かった。第二巻の『三美人』については筆者の手元にも古書店から購入したものがある。安価であったため購入したのであるが、予想通り何処にも独歩の名がないため安価だったのである。


 入手したのは初版であり、著作者が国木田独歩ではなく高野巽となっていることと、編者識として「「英文の友」発行の主旨」という一文が付されている所が違いであると思われる。国会図書館所蔵の全六巻と号外について目次奥付広告序跋を取り寄せてみたところ、いずれも初版で著作者もしくは編輯者は全て高野巽であった。


 巻末広告の推移を見ると短期間に数版重ねたようである。『三美人』の第三版の著者が独歩になってしまったのは、『自然の心』と発行日が近いため、原稿を整理するか活字を修正する際に取り違えたということではないかと推量している。


 著者の高野巽は号弦月で英文に関する書籍や様々な分野の著作あり、また美文のアンソロジーの編集もしている。出版社も小川尚英堂も多いとはいえ様々で、要するに書籍の著述と編集を主務としていたことは分かるが、今のところそれ以外は不明である。