体調を崩した時、


独りって辛いなって、あらためて思う。




外にも出ないし、


誰とも話さないし、




朝起きて、


ご飯の時だけ、コンビニとスーパーへ行って、



その他の時間は、



妻と一緒に観るはずだった、

アニメの続きをずっと観ている。




二日間の休み、

一体何してたんだろう…。



こんな時、 

妻がいたら、


「旦那さんが、二日間もおうちにいる!」


って、全力で喜んでくれたのに…。




何にもしてないことはないよね。


だって、妻と息子と一緒に、

二日間いたんだから。



そう思いたかったけど…、

やっぱり、虚しくて、



いつまで経っても、寂しい…。




昨日の夜、大学病院の主治医から、



妻の病気に関して、


東海地区で発表をさせてもらったこと、

報告があった。



そんな中で、


どうして発見が遅れたのかどうかが、

議論になったとも言っていた。



4年間も泌尿器科へ通い、

その中で、知られずに大きくなっていった癌。

 


40代で膀胱がんはありえないという、

医師たちの思い込み。




僕は、こう伝えた。


「見落としではなくても、

見落としだと思わずにいられない。


だって、僕たちは遺族だから…」



「私達も認識を改める必要があります…」



そう主治医は受け止めてくれた。






主治医はいい人だ。


癌が見つかってからの主治医なので、

見落としたのは、決して主治医ではない。




「○○さんの病気のことは、他の医師達へも共有していくことが、私の使命だと思っています」



だけど、僕はこう答えた。



「はい。医師としては、そうしてください。


でも、決して妻は、

そんなことは望んでいません。


私の妻は、


(私の人生はこれからだったのに…)


と悔やんで泣いて、亡くなりました。



けれど、私が、

先生達を責めた発言をした時、



妻は、


(旦那さん…先生達も人間なのよ。誰も悪くない)


そう答えました。


そんな、優しい妻なんです…。



だから、先生は○○医師として、

その仕事を全うしてください。


その代わり、○○さんとして、


妻のことを、

たまには思い出してあげて欲しいです」


すると、


「私にとって、医師人生の中で、○○さんと、○○さんのご家族のことは、一生忘れられません」


と、仰ってくれた。





そして、電話を終えました。





ようやく電話に出れたことで、

心が晴れたことは、



全くない。


ただ、悲しいだけだ。





この日は、息子の一周忌だった。


僕の友人たちは、

二人目も三人目も産まれていて。


家族を幸せにする為に、

毎日を生きている。






僕は、息子に何もしてあげられなかった。


妻も、助けてあげられなかった。





母は、妻や息子の遺影の周りに、

良かれと思って、

お土産を置いていくけれど、




僕にとっては、

華やかになればなるほど、



現実が突きつけられて辛いだけ。






それでも、



スーパーで、

妻の好きな紅茶とプリンを買って、

置いている自分もいる…。



僕には、妻と息子に対して、



こんなことしょうもないことしか、

してあげられない。






もうすぐクリスマスなんだ…。




惨めな人生になった。



嫁さん。僕達の人生は、惨めだね…。





介護だって構わなかったんだよ。


ただ、生きていて欲しかった。




僕の人生は終わってしまった。



妻のいない人生を、

もう生きていたくない。





今はまだ、


そう思わずにしか、いられない。






立ち直れる日は、来るんだろうか。